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仁行和紙

仁行和紙

2004年10月13日 久野恵一
製作地:石川県輪島市

現代に前向きに取り組む姿勢を見せる杉皮紙

 

 「能登和紙」という名を聞くと、なんとなく俗にいわれる「民芸紙」的なイメージを思い浮かべます。そうした思い込みのお陰で、能登を歩くことが多いのに和紙の里を訪れたことはありませんでした。

 今年の四月、手仕事調査の旅で初めて訪問することになり、そのとき、先入観の恐ろしさを感じることとなったのです。

 能登有料道路の終点穴水町から車で輪島市に至る街道は、アテと呼ばれるアスナロの山林が続きます。その中ほどの三井町には、能登地方には珍しくなった茅葺民家が数軒残っていて、山ふところに入母屋の大きな茅屋根が見えて、とても美しい風景に出会うことができます。

 三井町を過ぎて輪島へ向かう道を東へ右折し、川沿いを約5キロ。川の北側の山裾に民家が連なり、そこが仁行という集落です。

 川の向こう側に木造の小屋が一戸、孤立したように建っていて、煙突から煙がたなびいていました。この風情のある小屋が仁行紙の仕事場で、「能登仁行紙」はその地名から名付けられたことがわかります。

 仕事場は、そこに生活する人たちの人柄が現れているかのような佇まいで、小屋の前庭は狭いながらも畑に耕作され、野の花が咲き、川に渡した橋は手製らしき木橋で、辺り一帯が美しい景観を作り上げていました。

 この風景を一目見て、私はそれまでの思い込みの過ちを感じました。車から降りたばかりでまだ紙を見てもいないのに、良い和紙が生まれているに違いない、と確信したのです。

 木造小屋は決して広くはありません。そこに近代化されて間もない頃の乾燥機や石造りの紙漉場、そして鉄の大釜が据えられています。暗く、しかしよく清掃されたこの仕事場に、50代の女性と青年の二人が作業中で、聞くと母と御子息さんとのことでした。

 母の遠見京美さんは57歳、息子の和之さんは31歳の若者で、紙漉を受け継いでから10年経つとのこと。先代は和之さんの祖父で、戦後復員して仁行で紙漉きを始め、母親が助けてこの道を拓いてきたのだそうです。

 楮・三椏・雁皮は和紙の原料となる木ですが、ここ仁行は杉皮を中心に紙を漉いてきました。先代が、全国各地の産地と競合せず特色ある和紙づくりをはかったことから、様々な繊維を試行錯誤し、やがて近在の山林で容易に入手出来る杉皮にたどり着いたのだそうです。

 全国的に共通した原料を使い、さほど地域性が表れていない現在の和紙産地が多い中、ここでは地の材料が和紙づくりを支えていることに特徴があります。

 

 杉皮紙には能登ヒバともアテとも呼ばれる地元産のアスナロの皮も少々加え、そうすることで柔軟性が出て、硬い杉皮が漉きやすくなるのだそうです。

 杉皮紙はそのまま漉き上げると濃い焦げ茶色を呈し、それを塩基性処理で脱色すると段階的に茶色、黄土色、薄栗色、白味がかった薄小豆色の五色に色出しができます。染色せずとも自然な色を創りあげ、無理のない美しい色彩をつくり出せるのです。しかも退色性は少なく、和紙が従来求めてきた用途にこだわらなければ、新たな使い方を築きあげる可能性を感じました。

 

 一枚一枚の杉皮紙は、均一ではなく、やや厚めで、それがかえって素朴な質感を持つこととなります。原料からの制約も感じなくはありませんが、壁装の材料にはうってつけの紙と思いました。もっとも壁に貼るには「袋張り」という手間のかかる作業が必要になります。衰退しつつあるこの表具の技術もまた一つの課題となりますが、この紙を生かすためにも、新たな動きを創り出すこれがいい機会になると思いました。

 材料の採取、人件費、そして用途の現代性の問題など、存亡の危機に直面する和紙産業にあって、現代に前向きに取り組む姿勢を見せる杉皮紙は、その健全な姿さえ広く認識されることになれば、案外発展する可能性があると思います。

 

 つくり手は若く、未来があります。やや厚めに漉いたランチョンマットは、価格も一枚200円ほどで、食卓を品良く潤してくれるのにとてもいい素材です。価格も手ごろで温かみのある誠実な紙は、正に健康的といってよいでしょう。

 もっともっと知ってもらい、需要を高め、能登地方から生まれた独特の和紙を普及させていきたいものです。