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古唐津写しの小鹿田焼

古唐津写しの小鹿田焼

2006年9月 久野恵一
製作地:大分県日田市

 径尺6寸(約48cm)の大皿がある。5年ほど前、友人と福岡県八女の古物屋で買い求めたものだ。

 17世紀中ごろの、肥前(佐賀県)武雄周辺の小田志(こたじ)、庭木、弓野系の古窯で焼かれた、俗に武雄古唐津二彩手と呼ばれるものである。赤味がちな褐色の胎土に白土を化粧掛けし、櫛目描、線彫描、指描の技法を皿一面に目一杯施す。現代作品なら、騒々しく自己意識の強い陶芸家の仕事とでも言われてしまいそうだ。しかしこの大皿は、「騒々しい」は「生き生き」と、「自己意識」は「明るく健康的な勢い」という表現に変えることができるほど、力のみなぎった古作だと言い切れる。それは、皿に描かれたそれぞれの技法の間合いとそのバランスがよく、際立った強い白土の色具合を、緑と飴のてらいのない強い打ち掛けがほどよく抑え、静寂感を与えてくれるからなのだ。

 これほどの佳品なら、ただ眺め、その美しさに耽るのが通例であろう。その大皿を今に甦らせることができたら、と考えた。それは、小鹿田焼の坂本茂木さんにもう一花咲かせたい、という気持ちもあってのことであった。

 坂本茂木さんは、小鹿田のみならず、日本の民窯を代表する工人としての技量を持ったつくり手といっても過言ではない。しかしここ数年、寄る年波のせいか腕や腰の力が衰え、大物づくりは冴えていない。とはいえ、今現在、このような皿づくりに挑戦できるのは彼しかいない。幸い、この皿の調子は小鹿田の皿に共通する風情があり、技法も道具もそれほど難しいものを必要としていない。それに、これほどの古作の優品を見れば、心意気を生じてつくってみたくなるのではないだろうか、といった勝手な考えをもって、私はこの皿のスケッチと各部からの写真4枚を茂木さんに渡し、製作をお願いしたのだった。

 もともと小鹿田焼では、近年まで皿作りの伝統はなかったようだ。各窯元は各地でつくられた様々な皿を参考にして、注文先に応えてきたという。茂木さんも三十代の頃より古唐津の皿の形を採り入れ、技法の施し方も会得、茂木流の皿の形を完成させ、小鹿田焼伝統の皿であるかのようにつくり続けている。佳き造形を見極める眼もあるからこそ、卓越したつくり手なのだ。それ故、重複する面倒な技法に対して、従来どおりの取り組み方でこの皿の本質的な凄さを感得してくれれば、近いものが生まれる可能性があると考えたのだった。

 流れというものは恐ろしいものである。茂木さん自身がこの仕事を前向きに受け入れ、6枚の皿づくりに取りかかって2ヵ月後。窯出しされた皿のうち5枚が完品、つまり完全な出来上がりであった。通常の窯出しでは4割が完品であれば上々なのだ。さらに、皿を重ねて焼く際に、高台輪が載る円形部の釉を剥ぐ方法ではなく、白土の粗砂を小さく団子状にしたもので数箇所に目付けをして皿を重ねる、古作と同じ方法をも見習っていたのだった。出来上がった5枚は、窯詰めで置かれる場所の都合により二彩打掛は2枚のみで、3枚は打掛なしの同じ文様であった。白色が2枚、全面飴色が1枚。どれも昔の優品に勝るとも劣らない古格をもった美しいものだった。とくに古作の復刻をねらった2枚の二彩掛けは、緑釉が青地釉に変わっただけで、古いとか新しいとかの世界を超越した逸品だと、私は主張したい。