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蟻川工房のストール

蟻川工房のストール

2007年11月 指出有子
製作地:岩手県盛岡市

 街路樹がうっすら黄色味を帯び、朝晩の空気がひんやりしてくると、そろそろ、いやもう少しと出番が待ち遠しいものがあります。それは、蟻川工房のストールです。

 糸を紡いでから染めるのでなく、染めた毛を何色も混ぜあわせて色を作ってから糸に紡ぐことで生まれる奥行きのある色あい。手織りでしっかりと織りあげながらも、糸を殺さないのでふんわりした質感。確かな技術と妥協しない丁寧な仕事によって織りあげられた逸品です。

 一見タフな毛織物という印象で、ごわごわちくちくしていそうに感じられるかもしれません。けれど身にまとうと思いがけずしっとりして軽く、ちくちく感はありません。柔らかく身に添い、少しすると体がふわーっと温かい空気に包みこまれます。これがあれば、寒い冬、冷たい風の日でもへっちゃらです。大判サイズなのでジャケット代わりに羽織ったり、紬の着物に羽織ったり。部屋では肩掛けに使っています。

ホームスパンをご存知でしょうか。手紡ぎ・手織りの織物を指し、スコットランド・アイルランドが発祥地ですが現在は機械織のみとなり、手織りは産業としては既に途絶えています。一方で明治初期に宣教師によって技法が伝えられた(とされる)岩手では、今でもいくつかのメーカーが細々と生産を続けています。その中でもとりわけ頑固な作り手が蟻川工房です。

 蟻川工房は盛岡市の住宅街の一角で毛織物を中心としたホームスパンを製作しています。

 刈り取られたままの一頭の羊の状態の原毛を石鹸で洗い、染め、紡ぎ、手織りし、仕上げに再び石鹸で洗ってフェルト化して完成するまでの作業工程は多く、ほとんど全てが手作業のため、生産できる量もわずかです。

 必然的に、買う側にとっては欲しくても手が届きにくい価格となります。さすがにいくら良いものでもなかなか売れないので、普通ならばどこかの行程を省略、効率化した安価なラインを作ったり、お小遣いでも買える財布やバッグのような小物を作って売上を作ることを考えます。けれど蟻川工房は軽い仕事はしません。自分達が納得できるものしか作らないし、やたらに小物を増やさない。「(蟻川工房の製品に)タグは不要、見ればうちのとわかるから」と言い切れる自信を持って、信念を曲げずに頑固に作り続けています。

新品の状態より使い込んだ後のほうがよくなるものを作ることが蟻川工房のモットー。以前、内張りが痛んで取り替えるほど愛用した20年以上経った紳士ジャケットを見せてもらいましたが、信じがたいことに外見は新品のように端正でしっかりしていました。高価だからと大切に「出番」のときだけ身につけるのではなく、普段着としてどんどん着て、着れば着るほど余計な糸が落ちてすっきり美しくなるのだそうです。だから、「高いけど高くない」と言うのです。初期投資は確かに「高い」。けれど、自慢の逸品を何十年も愛用できることを考えれば「高くない」。

 20年もののジャケットを見てしまった私は、ならば早く手に入れたほうがより長く使えて得だと、昨年、清水の舞台から飛び降りる心持ちで、鮮やかだけど深い赤の大判ストールを手に入れたのです。そして今年、毎年秋が来るたびに「そろそろ出番だぞ」とウキウキする喜びも同時に手に入れていたことに気がつき、「高いけど高くない」を実感しました。このストールは末長く愛用して自分のものになっていくことでしょう。そして願わくば、いつかジャケットかコートを誂えてみたいものです。