手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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鮎ビク2点

鮎ビク2点

2009年2月 久野恵一[写真:久野康宏]
製作地:島根県津和野町

 島根県津和野町は山間の小さな城下町で小京都ともいわれる美しい町で知られる。(ちなみに津和野町駅近くの今話題の安野光雅美術館は我が住居兼店舗を私と設計した八王子・番匠設計小町和義氏が設計された。)

私共、民藝人にあっては津和野といえば二種の特長ある「鮎篭」(魚ビク)が想い起こされてしまう。

柳宗悦の「手仕事の日本」が出版されて以降、かなりの間があってから民藝の先達によるその後の日本各地の手仕事品を紹介した書物があいついで出版され、その内容には必ずこの二種のカゴが取り上げられているほどなのだ。

その後、25年ほど前には、このカゴの存在は見られなくなり、絶えてしまったものとの私共での認識であった。

 八年ほど前、私の店の従業員に島根県中国山地方面の手仕事調査のいっかんとして、気になっていた津和野のこのカゴのその後も探すように命じた。津和野町内の観光土産店で昔つくったことのある人と接触したものの期待できぬまま、木工とかつての竹細工が盛んだった匹見町へ行く途中、山間の日原町で標識に迷い、たまたま農作業中の初老の方に尋ねたところ、話の中からこの人が偶然にも竹細工、しかもビクづくりも出来ることがわかったのだった。それ以降、この方の農作業の合間、竹を入手できた機会に、わずかながらの製品づくりをお願いして今日に至っている。今回取り上げたのは、この二種のカゴ、通称「鮎ビク」のつくりが今までの中で最も良く、極立って美しく視えるからであるからなのだ。

 今年で80才になる製作者の大庭勇さんは、祖父が元々竹細工を生業としていたことで、子供の頃より作り方は見て覚えていたこともあり、戦後復員して農業に携わるかたわら現金収入を得る為、竹細工に取り組んだとの話であった。タイミングよくその頃に、四国から竹細工師が流れてきて細かい作りも習え、自身も器用だったこともあって、腕があがったそうな。近在の農家から「手ミ」という運搬用の粗物や「米揚げソウケ」など細々とつくっているうちに、この地方に昔から伝わってきた「鮎ビク」もいつのまにか作れるようになったというのだ。

この「鮎カゴ」は津和野町で作られ使われたのではなく、隣町の日原町を上流として日本海に面する益田市に注ぐ高津川の清流で、鮎などの川魚釣りの入れものカゴとして伝わったものだという。

「民藝」の書物でとりあげられる大きな理由は、二つのカゴとも独特な姿をもった美しい形だからである。まづ、腰に紐で廻してつける扁平な「腰ビク」であるが、口長の五角形、まるで星の形からヒントを得てつくられたかのような意匠が特長である。張り出した左右対称な肩が際立って力強さを出しながらも、腰から肩、長い頸部にかけてはなだらかな柔さを感じさせる。大庭さんはこの肩の張り出しについて、鮎がカゴの内部で暴れても傷つかない為のものと、昔から聞いてきたと云う。しかし、様々な日本各地のビクを見てきた私には、こんな特殊な形は見たことがないのである。暮しの道具として伝承化されていく過程で、ものの形は変容していくこともあるが、私には当初からこの形があったに相違ないと思わざるを得ない。実用の用からはほど遠い造形には、地域的文化的歴史的な様々な作用があることもうかがったことはある。そういった推測もまた楽しい。大庭さんはこのカゴづくりに、自身が鮎釣りに使用してきたことで工夫した、口廻りに取り付けた棕櫚でつくった袋を自慢する。ビクの口廻りの内側に添えたのは、鮎をとり入れる際、動いても細かい口から落とすのにも傷めない為のものだからだそうである。作る人間が使うということで改善を施し、それがまたこの独特の鮎カゴに彩りももたらしていることなのだ。

九州地方では「受けテボ」とも呼称される地ベタに据え置き、採り入れた魚を入れる容器は、これもまた日本各地で様々な形の「ビク」と呼ばれて作られていた。この津和野「鮎カゴ」は、まるでモニュメントの如く、堂々としていて人を引きつける力強いもので、使われてきた高津川の場所によっては「鰻カゴ」とも呼ばれてもいる。本体口部の内側に落としぶたのような豆カゴがおさめてあるのは、ミミズなどの餌を入れておくために使われる。(民藝誌などで)今まで紹介されてきたこのカゴの写真を見ると、さらに頸部に円形の筒長カゴが逆にすっぽりとかぶさっているので、本来はこのようなスタイルだったのであろう。本体部分は立方体のサイコロ箱の形で、円筒カゴが取り付けたかのような形態だ。底は力竹(チカラダケ)といって、巾広で厚みのあるヒゴを四カ所、互い違いに差し入れている為、安定には欠けるが、川漁に用いるのが前提で、受けテボ(カゴ)として釣った魚を入れたまま川辺に置くので石や砂利上には都合がよいのである。この力竹に火をくぐらせて油抜きした白竹(シロダケ)を用いるのは、水気を払う為である。一般に実用的竹細工は青物細工と呼ばれるように、せいぜい竹の表皮を削ぐかミガキといって薄皮を剥いだヒゴで編み組みする。細ヒゴでゴザ目に編んだ本体底から腰を張らせ胴部に、白竹の力竹が四方に三本づつ差し込まれくぐって立ち上がり、青と白のコントラストが一段と美しく模様となる。むろん使い込まれ古びていけば、次は飴色の段差に変容し、これもまた美しい。更に、頸部まで四隅の綾に一本づつ先細の長い白竹が差されているから合わせて十六本、賑やかながら活動的で、それが視るものを魅了させる。頸部には細い棕櫚紐が巻かれて四本、吊り下げ用に配置されている。まさに使うという為の工夫をこらした仕様が、見事な造形物として美しさを醸し出す。

「用即美」の原点とは、これをいうものだと言っても過言でないだろう。急峻な谷間の川辺りでの用具でありながら、美しさを備えた地域的な歴史さえ感じさせる逸品と推薦する。