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小鹿田焼のリーチ型ピッチャー

小鹿田焼のリーチ型ピッチャー

2009年9月 久野康宏
製作地:大分県日田市

ワーキングデスクに置き、
仕事の合間に眺めているリーチ型ピッチャー。
小鹿田焼の陶工、坂本茂木氏による作。
時々、近所の農家から買った花を投げ入れて
季節折々の色彩と香りを楽しんでいる。

 

 数年前、鎌倉「もやい工藝」にてかたちと模様に惹かれて購入した小鹿田焼の水差し。どこか西洋のモダンさを漂わせるこの焼き物は、「リーチ型ピッチャー」とも呼ばれているとか。使いやすくて美しい焼き物にバーナード・リーチ氏という英国人の感覚がミックスしている。

 

 

 

リーチ氏が技術指導した、持ちやすいハンドル部分。
水を満たした壷の重さを感じさせない機能美をもつ。
用の美が宿る良品は握っていても心地いい。

 日本の民藝運動に多大な影響を与えた陶芸家のバーナード・リーチ氏は昭和29年に小鹿田の里へ来山している。そしてこの皿山(焼き物の窯が集まる所)にて、地の陶土を用いて作陶したという。滞在中、リーチ氏は地域で使われている肥料撒き用の壷を目にする。花瓶のようにも見える雑器を英国のピッチャーに見立てたのか、当時の小鹿田には無かった取手(ハンドル)付けの技術を窯の人たちに伝授した。
リーチ氏の指導により、かつての農作業用の壷は使いやすさに加え、都会のリビングにも合う雰囲気も備えたのだった。壷表面の模様は小鹿田の里でリーチ氏が見た風景だろうか。畦道や稲を想像させる模様がさらりと描かれている。英国の日用雑器「スリップウエアー」に描かれた模様と同じく、素朴でてらいの無い美しさが陶器というキャンバスの上で躍動しているようだ。
英国人をはじめ西洋人特有ともいうべきなのだろうか、洒脱なセンスが小鹿田の陶工が備える高い技術と融合して民藝美あふれる日用品が誕生したのだった。
 このリーチ型ピッチャーは小鹿田の各窯元でつくられているが、とりわけ上手なのは、坂本茂木(しげき)氏だという。リーチ氏が来山し、皿山でいちばん大きな坂本晴蔵(はるぞう)氏の家に寄宿した時、坂本茂木氏は18歳。ちょうど晴蔵氏のもとに弟子入りしたばかりの頃だった。そんなわけで茂木氏はリーチ氏の世話を担当し、作陶の助手を務めた。つまりリーチ氏が伝えようとしたハンドル付けの技法をそばで見つめていたのである。

 茂木氏のピッチャーがいちばん上手というのは、いちばん身近に技術を修得しただけでなく、生来の造形センスあってこそのことだろう。
 ではその秀逸なセンスについて解説していこう。下の写真は20年以上前、茂木さんが陶工としての技量が全盛期の時期に制作した3タイプのリーチ型ピッチャーである。それぞれのどこが優れているのか、手仕事フォーラム代表、久野恵一氏の解説を添える。

 

坂本茂木氏が以前制作したピッチャー。リーチ氏の考案したデザインと模様をなぞりながらも、試行錯誤してさまざまなかたちに仕上げた。以下、久野恵一氏の解説。

●白い無地タイプ(写真中央)
 かたちそのものは坂本茂木氏が得手としているリーチ型ピッチャーを少し変形させた物。胴の2/3ぐらいの所まで陶土を持ち上げて、その上から再度継いでいる。本来これくらいの筒状の物は一気に陶土を引き上げてしまう。あえて継いでいるのは自分なりのスタイルを模索したからでは? 
 模様を彫らなかったかわりに、ハンドル上に指の模様をかなり強烈に施してある。それはいわゆる作家的な個性を見せるというのではなくて、こんなふうにつくってみたいと考えたのだろう。
 やや還元の無酸素状況になった窯の中で煙に包まれ、蒸されると、このように曇った調子の焼き上がりになる。そのため真っ白ではなくて、少し落ち着いた風情となるのがとてもいい。本来こういうかたちは嫌味な物になりがちなのだが、さすが茂木氏がつくると収まりがいい。ハンドルの付け方のバランス、上から下へ持ってくる時に、素直に下に引いていっている。それから注ぎ口の部分が上手に出来ているということ。さらに注ぎ口の口まわりの部分がしっかり取られている。
 このような物を見ると、どうしても形態ばかりに目がいくのだが、ピッチャーとして使う物ゆえ、注ぐ上での機能面も大事だ。口先の部分と縁がしっかりしているか、そしてハンドルがきちんとできているかで物の善し悪しは決まる。

●田んぼの畦道型(写真右)
 バーナード・リーチが小鹿田で伝えたかたちを茂木氏が自分流にアレンジした物。やや細身のかたちにしている。これもたまたまひとつの流れで出来た物だと思う。茂木氏はかたちがやや太めになろうが、細めになろうが、このかたちにはどういうふうにハンドルを付けるべきかを体で覚えている。そのためこのように収まりがよく、目に心地いい物となる。細身だが、とてもバランスのいいピッチャーだ。
 表面の模様は櫛目、櫛描きとも呼ぶが、これもリーチ氏が考えたもの。こうして見ると彼は周辺の土地の生活形態から模様を取り入れているのだなと思う。
 私は白化粧に強い還元がかかった時の焼き具合、ややグレーがかった調子が好みだ。白化粧した所に櫛描きした模様が活き活きとして表出していると思う。

●小ぶりなタイプ(写真左)
 これはまさにリーチ型その物のピッチャー。リーチ氏の型はもう少し高台が高めになっている。もともとリーチ氏はこういう袋物については自ら制作せず、かたちを指示して小鹿田の陶工にまかせ、つくらせた物に模様を施した。リーチ型といいつつも、実はつくったのはリーチさん自身ではないのだ。
 リーチ氏が好むように、腰の部分の膨らみがたっぷりとしていて、それでいて上方は締まったかたちをしている。そこに程よく櫛描きで色を出している。また、薄づくりで非常に軽い。そして薄づくりゆえ、余計にハンドルをがっちりと付けてある。この絶妙なバランスに茂木さんの生まれ持ったセンスを感じるのだ。ちなみに3つのピッチャーのうち、私はこのかたちがいちばん好きだ。

 

 目の前にあるリーチ型ピッチャーを眺めていると、その優美なかたちの向こうに、健全な心のあり方が息づいているように、ふと感じる。リーチ氏が感化されたであろう、19世紀後半にイギリスで興ったデザイン運動、手仕事の良さを見直し、自然や伝統に美を再発見し、シンプルなライフスタイルを提案する「アーツ&クラフツ」の精神。そして用の美を尊び、ひとりの陶工として皿山に伝わる仕事を継いでいこうと願う茂木氏の想い。両者の純粋な気持ちが融合して生まれた日用品には心の安らぎを覚えると同時に、いつまでも身近に置いて使い続けていきたいと思わせる魅力がある。