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フォーラムが選ぶ・この逸品

坂本浩二さんの青飴打ち掛け四斗丸甕

坂本浩二さんの青飴打ち掛け四斗丸甕

2011年10月 指出有子
製作地:大分県日田市

 力が漲るような胴部の張りよ!
小さな底からうわっと膨らむ、その力強さ。胸がすくようだ。
自然に笑みがこぼれ、愉快になり、わっはっはと腹の底から笑いたくなる。
逆を言えば、豊かに漲った胸部からきゅーっ!とすぼまった女性として憧れるシルエット。
たまらん、と思う。肩がしっかりと張った、威風堂々とした大甕である。

 その力強い造形に、柔らかい象牙色の地に美しく映える、のんびりもったりとした様子の青飴打ち掛けが優しい雰囲気をかもしだす。球体におさまるように釉薬を打ち流したと思わせる具合も坂本浩二さんらしいと言えよう。繰り返しの仕事による浩二さん流の打掛技法は、力強さの中にもあたたかみのあるやさしさを感じさせるのだ。

 

 私はとりわけ大きいもの、力強い、迫力のあるものに心が動かされがちなのだが、ただ大きければいいのではない。シルエット、色味、質感、量感といったバランスがとれていて初めて、目が吸い寄せられるような存在感を示すのである。

 

 今の日本において、大物がひける職人は、もう数えるほどしかいないと聞いている。
その中で40歳代以下のまだまだ腕力体力のある若い職人といったら、この小鹿田の坂本浩二さんのみ。まさにトキどころではない、絶滅寸前なのである。

 

 現在42歳(確か?)、職人として気力体力腕力が充実した時期にある坂本浩二さん。久野恵一さんの指導下で25歳でつくった大物「2斗飛びかんな青飴打ち掛け」を、初めて日本民藝館展に出品したとき、当時の柳宗理館長をはじめ審査員が驚愕、大喜びしたという。小鹿田での大物作りは坂本茂木さんと柳瀬朝夫さんまでで途絶えてしまうのではないかと危惧されていたためだ。若さと素直さがあふれるこの作品は、最高賞の「日本民藝館賞」を見事獲得した。さらに30歳の時にも再び日本民藝館賞を受賞。若くして二度も受賞するという快挙を成し遂げている。
(坂本浩二さんが仕事を始めた頃から大甕作りに至るまでの様子については
『Kuno×Kuno vol.17 坂本浩二君の大きな壷』を参照ください)

 小鹿田では、ろくろ(蹴りろくろ)をひく際の土台にする板がタテヨコ30数センチしかないため、底はその中におさまる大きさでなければならない。なるべく容量の大きいものを作るにはできるだけ胴を膨らまし、できるだけ高く作るしかない。20年位前に50歳代だった坂本茂木さんが作った4斗以上入る大壷を見せていただいたことがあるが、これは比較的厚作りだった。若い頃の茂木さんはヒモづくり成形したのち、腕の力で一気に引き延ばす手法が特徴だった。これに対し、坂本浩二さんは力任せでなく、薄作りで無理なくひく。おそらくこの作り方でならある程度歳をとっても作れるのではないか、と久野さんは言う。

 

 古作であれば、日本民藝館や各地の施設で素晴らしいものを見ることができるし、運がよければ骨董屋で優品に出会うともあるだろう。しかし、それらは過去の遺産でしかない。
 今、同じ時代を生きる職人が頑張って作っているならば、その人が作り続けられるよう、またより素晴らしいものをこの世に生み出せるよう、微力でもバックアップしたい。そんな気持ちでフォーラム10周年のこの機に身銭を切って買い求めた。どんなに素晴らしい作り手であっても、また、久野さんがどんなに懸命に指導にあたっても、買う人がいなかったら作れないのだから。
 小鹿田でこの素晴らしい大甕や壷、雲助が作られ続けるためにも、せっせと貯蓄に励んでいる人は、もっと欲望のおもむくままに買い求めようではありませんか!(笑)
フォーラムに入り、買わずに後悔したことはあっても、買って後悔したことはいまだかつてない。