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学習会・イベント報告

土曜の夕べ・月例学習会「紅型について2」

土曜の夕べ・月例学習会「紅型について2」

2007年4月28日
語り手:大橋正芳

〈紅型とは〉

 紅型(ビンガタ)は型染の一つで、型染は型紙を使った染め物のこと。紅型という言葉は意外と新しいと言われていて、芹沢C介も言っているが、元々はカタチキと呼ばれていた。型染では、布に型紙で模様を表すための糊を付けて行く工程を型付(カタツケ)と言い、つまり沖縄で言うカタチキは型付のことで、それが型染の呼び名と同一になったということなのだろう。
タカチキには多彩色な紅型と、藍一色もしくは藍の濃淡で染めた藍型(エーガタ)と、二つある。型染は、日本では非常に発達した染物で、中国などにもあるが、日常生活の中でいろんな変化やバリエーションとして発達したのはほとんど日本だけと言っていい。型染は、藍型も含めて藍染が多い。その中で、多彩色の型染として発達したのが紅型で、そこに特徴がある。色彩が独特だ。

〈染料〉

 紅型の特徴の一つに、色を顔料で染めている点がある。
染料とは、簡単にいうと、分子が細かいので水に溶け、水を介して布に染着させるもの。顔料は大きいので水に溶けない。染料は繊維の中に入り込むが、顔料は一種の接着剤を使って繊維に付ける。沖縄では豆汁の蛋白で接着させる。それが沖縄の紅型の特徴にもなっている。
 染め物をやりだした頃、染料の美しさに興味をもった。染料は、水に溶けて繊維と一緒になったときこそが美しい。そのためには、染料が水に溶けた液の中に糸や布をどっぷり浸ける、つまり浸染(シンゼン)という方法が最も美しく染める方法だ。しかし、布全体を染料液に浸けるので模様を表し難い。そこで絞り染めなど、さまざまな模様を染めるための工夫が考えられてきた。型染もその一つだが、紅型では顔料も使う。
顔料は、透明感のある染料とは違う。しかし、ある意味で顔料のやや不透明な色彩が紅型の力強さになっている。色の訴える力が強い。それが紅型独特の魅力になっている。力強い顔料の色彩と地色の透明感のある染料の組み合わせ、両方の美しさを持っている染物が紅型だと言える。
 沖縄以外では、型染というと藍染が多い。墨のグレーや弁柄の赤茶を加色したものもあるが、紅型ほど多彩色の型染は少ない。
 藍染の型染が、布団皮として明治以降も庶民の生活の中に入っていた。それともう一方では小紋という細かい模様の染物がある。武士の正装になったもので、江戸城に登城するときは必ず小紋の裃を着なければならなかったという。これも基本的には単色だ。小紋は型染の一つの究極で、紅型とは別の方向である。沖縄の紅型は、一枚の型紙を使いながら多彩色の方向を目指した。型付の工程までは紅型も藍型も小紋もいっしょで、基本的は単色で染めるのに対して、紅型の場合、顔料を豆汁で溶いたのを小さい刷毛で一色一色差し分けて行く。さらに隈取りという、模様の一部をぼかして奥行きを出す彩色が施される。それから色を差したところを糊で伏せて防染し、地色を染める。型染という染色方法は、ある意味ではものすごい量産型なのだが、沖縄では多彩色という手間のかかる方法を選んだ。紅型は庶民も着たと言われてもいるが、そんなことはなかったのではないかと思う。

〈紅型と友禅〉

 紅型の模様は、モチーフにいろんな時代のものを取り入れていて、友禅と紅型の盛んな時代は重なるとも言われるので、その影響は大きいと思う。模様に一色一色、色を差すという方法も友禅と一緒だ。ただし、友禅の模様は手描きなので、型紙を使う紅型とはその点で大いに違いがある。
紅型の模様は型紙に託される。刀(とう)と呼ぶ小さな刃物で模様を切り取る。型を彫ると言う。型を彫るということの制約があり、手描きの友禅とは描く線が全然違ってくる。柳宗悦、芹沢C介は、下絵を型紙に彫るときの線に独特の力強さ、美しさがあると言っている。友禅は、絵のような模様を描いた点で世界でも類を見ない染物だ。ただし、自由度が高い分、何でも有りになってしまう。事実、友禅後期には華美に過ぎるものがある。紅型は、型紙の中で押しとどまることによって自由さを制限して、かえって独特の美しさを開花した。ある意味では、色の美しさを含めて、型紙の美しさをフルに引き出した染物の一つが紅型であると言える。

〈型紙〉

 型紙は型地紙に模様を彫ったもので、型地紙は美濃紙を江戸時代は2枚、それ以降は3枚柿渋で張り合わせたもの。かつては1、2年柿渋が枯れるのを待ってから使っていた。沖縄では奉書を使い、芭蕉をばっさり切ったとき出てくる汁を柿渋代わりにしていたという。美濃紙と奉書ではだいぶ彫るときに違いがあると思う。今は伊勢の型地紙を使っている。
 三重県鈴鹿市は、江戸以来の伊勢型という型紙の産地だ。伊勢では、型紙が大量に生産されてきた。そこでは主に、先がきわめて細い刀を使い、刀を上下に突いてジグソーのように模様を点でなぞる突き彫りという方法で型紙を彫る。これは模様の下絵を忠実に彫るための方法で、また、型地紙を数枚重ねて彫ることで一度に同じ型紙を作るための方法でもある。紅型の型紙も突き彫りだ。紅型に学び、独自の型染の世界を創造した芹沢C介は、刀の刃の先を引いて模様を彫る、引き彫りという方法で型紙を彫った。芹沢には突き彫りの必然性がなかったし、むしろ刀を絵筆のように使って型を彫る引き彫りが合っていたのだろう。しかし、型紙は、紙に絵を描くのとは違い、模様を彫り抜くためにさまざまな制約があり、紅型も芹沢も、その制約を美の世界に昇華してきた。
 最も新しい紗張りは、型紙の模様の自由度を広げた。芹沢も今の紅型も、紗張りによって支えられたと言うことができるだろう。ただし、古い紅型の型紙は、線の柔らかさがあって豊かな美しさをもっているが、今はそれを失っているようで気に掛かる。