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プレス掲載

学習院中等科の入試問題

学習院中等科の入試問題

平成21年度学習院中等科の入試問題「国語」

■入試問題にもやい工芸のお客様である橋出たより先生の文章が使用されました。山ぶどう篭にまつわるお話しです。入試問題になりますので一部文章が抜けている部分がございます。

 きびしいザンショが続いている。
 でも、あついからと言って、夏のエンチョウのような気持ちでいるのは、まずい。
 ある日、突然(とつぜん)、キンモクセイのあまい香(かお)りがただよってきて、ふいに脱力(ダツリョク)してしまうから。まるで、ハイゴからそっとひざカックンされたみたいに。
 秋は手ごわいのだ。 そんな気持ちを味わわないように、季節先取りの買い物をすることにした。
 今年は、山ぶどうの手さげカゴを買った。 「   A   」と思われるかもしれないが、「山ぶどう」は秋の季語だし、しぶい風合いは、夏よりも秋の方がしっくりとくる。
 実は、20年くらい前からずっとこのカゴにあこがれていた。
 大学を卒業して、出版社へシュウショクしたばかりのころ、知り合った編集デザイナーさんがこのカゴを持っていた。
 一見、ヒカクに見えた。
 「もう10年近く、使っているからね。自然につやが出てきて、かわみたいでしょ。でも、本当のかわだったら重くて持てないから、ちょうどいいの。」
 そう言いながら、楽しそうに、カゴの中からノートやペンケースを取り出す彼女(かのじょ)は、とてもすてきだった。
 四十代前半だったと思うが、おとなの魅力(みりょく)にあふれていた。
 それからというもの、たまに、街で、カゴを見かけるようになった。きまって、持っている人はおしゃれだった。そのたびに、「もっとおとなになったら、きっとあのカゴ」と思い続けてきたのだった。
 何年か前、お店で手に取り、購入(こうにゅう)しようと思ったが、子供がまた小さくて、手さげカゴを持つ余裕(よゆう)がなかった。道を歩いていても、ふいにだっこをせがまれる。かたから下げられるトートバッグやリュックが手放せなかった。
 友人A子に言うと、「それなら、山ぶどうのしょいカゴにしたら。山でおばあさんが使っている本物の農具。いざと言う時、子ども一人くらい入るわよね」と(  B  )言われ、こころが動かないわけでもなかったが、さすがに勇気がなかった。
 最近、何人かの同世代の友だちが山ぶどうカゴを手に入れたという話を聞いた。
 北東北の旅先で手に入れたというカゴもあれば、ネットで買ったという友人もいた。それなりにみんないい感じだった。ああ、私たちももうそんな年齢(ねんれい)になったんだとしみじみと思った。山ぶどう解禁といったところだろうか。気がつけば、うちの娘(むすめ)もひとりで電車に乗って学校へ通う歳(とし)になっていた。
 ついに時来たれり! イキごんでお店へ。買うんだったら、「ここで!」と決めていた工芸店で、「A4が入る大きさで」とお願いすると、「それでしたら、1年くらいで仕上がってくると思いますよ」とのこと。えっ、1年も待つの?
 それより少し小さいサイズのものは、人気があって、5年前にたのんだ人がやっと今年受け取っているのだとか。山形県の作り手さんが手をいためてしまったこともあり、スピードアップは期待できないのだそうだ。
 ここは、ひとついさぎよく待つことにした。
 けれど、そこは山ブドウ。お値段は決してかわいくない。迷いながら、手にさげてみて、はっとした。
 小ぶりなのにもかかわらず、持ち手ががんじょうにできているのだ。「もっとしっかり持たんかい」とカゴにかつを入れられ、ぐいっとにぎり返されている気さえする。
 もともと装飾品(そうしょくひん)ではなく、農具だったことを思い知らされた。
 たしかな手仕事の手ごたえが、作った人の手から私の手へとしっかりと伝わってきた。
 民芸ってすごいなと思う。
 「民芸品」と聞くと、ちゃちなおみやげ物を連想する人もいるかもしれないが、それはまちがいだ。民芸とは、民衆的工芸の略。暮らしの中に生まれた(  C  )性の高い手仕事は、健康的で美しい。やっぱり民衆は、あなどれないのだ。
 結局、そのかわいいがかわいくないカゴは、お買い上げ。そのまま手にさげて帰った。
 手あぶらが強度を増すとかで、なでてやるといいと聞き、ヒマを見つけては、ペットのようになでてくらしている。
 そうしていると、どうしても、1年待ちと言われたA4のカゴが気になりだした。まだ、三日しかたっていないのに、お店へ行き、進捗状況(しんちょくじょうきょう)をたずねた。すると、「数ヶ月でおわたしできると思います」と微妙(びみょう)だが、じゃっかん納期が早まったではないか。
 来たかいがあったと、帰ろうとした瞬間(しゅんかん)、小ぶりだけどこの間のものよりは一回り半くらい大きなカゴが目に飛び込んで来た。
 「これは?」とたずねると、注文を受けて作ったものの、サイズが少しちがってしまったのでテントウに並べたのだという。
 見たり、さわったりしているうちに、どうしてもほしくなってしまった。こうなると軽い山ぶどう中毒かもしれない。値段は、前回よりもさらにかわいくない。
 さあ、どうする? ええい、とそこは、大人買い。両手に山ぶどうで、帰宅した。
 すかさず、小学二年生の娘から、「あれ、山ぶどうのカゴ増えたね。どうしたの?」とチェックが入った。
 「ああ、これ、きょうだいなの」とさらっと答えると、いぶかしがって、「ぶどうのつるにもきょうだいとかあるの?」とさらにつっこんできたので、「そうよ。山おくで大きな一本の大木に一緒に巻き付いていたのよ」とフォークロアな語り口でしびれさせてあげた。
 ふふふ、さらにおどろくがいい。数ヶ月後にはぶどう三姉妹(しまい)になるのだ。
 あつくるしい部屋の一角に並べてかざると、そこだけは【  】の気配。こっくりと深い【  】の空気が流れ出す。
 持ってよし、ながめてよしのいいカゴだとつくづく思う。
 毎年、どんな感じで変化していくのだろうか。
 この手さげカゴとともに、わたしもフウカクをますことができるだろうか。
 年をとるのが、少し(  D  )になった。)