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手仕事調査:九州地方

隠れた名工 一雄さん(かっさん)

隠れた名工 一雄さん(かっさん)

2011年12月25日
訪問地:大分県日田市

坂本浩二君は小鹿田焼ばかりでなく日本の民窯を代表する作り手の一人となって知られておりますが、その父親の存在はあまり知られていません。彼のことを知っている人は日本民藝館をすでに退職した田中洋子さんくらいでしょう。

私は、浩二君が窯主になる前の坂本一雄窯当主として、坂本茂木さんや柳瀬朝夫さんとともにお付き合いをしてきました。一雄さんはここ皿山では茂木さんのことをシゲちゃん、朝夫さんのことをアーちゃんと呼ばれるようにカッサンと呼ばれ、遊び好きと皿山では知られた人でした。若き浩二君と親しくなる前までは私もさほど彼の仕事をじっくり見たことはありません。隣のロクロ台で仕事する浩二君に付き添ってずっときただけに、心配そうにそして穏やかに見ている一雄さんの印象が強いのです。

坂本浩二君の祖父にあたる甚一さんは小鹿田焼が世間で有名になった頃、優れた作り手として名を馳せた人物でした。ただし、民藝関係者が目を背けたくなるような紋様のものもつくったり、茶道具などにも力を入れたため、民藝関係の方々からは腕前は一目置かれつつもやや好感は持たれてなかったと聞いております。

その甚一さんの長男は静馬さんと言い、一雄さんとは腹違いの兄で、一雄さんが窯を継ぐことになったため、小石原焼を中心とした廻り職人として各窯で優れたものをつくってきた人物として知られています。もっともこのことを知る人達も小鹿田や小石原でも僅かとなり、私どもの世界では私一人くらいかもしれません。ですから坂本浩二君の腕が良いのはいわばこの家系の優れたDNAなのかもしれません。

浩二君のひたむきな仕事ぶりが世間の表面に出るようになりましたが、父一雄さんの仕事ぶりはあまり目立たずにずっとおりました。窯主を浩二君に譲ったあとも相変わらず淡々と仕事はしておりますが、どちらかというと孤独で山奥に入りメジロの声を聞いて楽しむ今日この頃だそうです。元気のあった頃、日田の夜を闊歩した元気は無いと自慢げにも言うところが、茂木さん黒木力さんたちの親父世代に共通する皿山の昔時代の雰囲気がそのまま残っているのです。しかし、私は以前から一雄さんが一番小さな一合入り壷(うるか壷)をつくる作業工程を見ていて、優れた技の持ち主であり、職人としての本質的な技量があると思っておりました。

ちょうど私が伺った12月6日、浩二君の横で紐づくりで花瓶づくりをする姿勢を見て、やはりこの人はただ者ではない優れた陶工であると。肩の姿勢、腕のこなし方、手首の返し、そして均一に引き伸ばす腕前は健在で、隠居になった歳といえどもむしろ若い世代より遥かに優れた作りをしているのがわかりました。もうしばらくすると孫がロクロ台に座り、ますます仕事とは縁が遠くなるかもしれませんが元気なうちはやさしい浩二君のこと、もう一つロクロ台を据えて仕事させてあげることでしょう。
このような知られざる優れた作り手がまだまだこの世の中に入ることを私たちは見逃してはいけません。

 

手仕事フォーラム 久野恵一