手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

ホーム>手仕事調査>山陰・山陽・四国地方>学生 衣笠宗法の土佐手仕事調査報告

手仕事調査:山陰・山陽地方

学生衣笠宗法の土佐手仕事調査報告

学生衣笠宗法の土佐手仕事調査報告

2011年1月21日
訪問地:高知県土佐市

 2011年1月21日、久野先生と衣笠宗法二人で高知県土佐市の昔ながらの荒物店と土佐和紙の現状調査を行なった。まだまだ手仕事の意味を理解していない私は、経験の蓄積と自己修行のため先生に同行させていただいた。

 さて、今回調査する四国はいったいどんなものが眠っているのか、何も知らないが故の期待に胸をふくらませまず高知県土佐市の2カ所を訪れた。まず最初は土佐市「せいえい」という荒物屋からはじまった。ここは国道沿いにあった。いかにもというような風貌の店舗で、その店先にはたくさんの箕やカゴなどの竹製品が飾られていた。ここで見たものは
・ 箕
・ 飯フゴ(おひつ入れ)
・ 米あげ笊
・ 手つきかご
・ エビラ
・ 背蓑
・ つづらケント
・ 藁フゴ

 

駐車場に車を停め、2人でお店に入った。入ると同時に4代目店主、矢野修三さん(60)がおられ、「横浜ナンバーだったのですぐわかりました。」と一言。以前久野先生がこの店のことを書いた雑誌「ディスカバージャパン」でのことを簡単に話をされ、さっそく店頭に置いてある箕を手に取って説明を始めた。この箕の特徴は持ち手のところが、束ねたワラをシュロで巻いてあり、クッション性をあげる作りをしていた。これは藁を腐らせないため、防水効果があるのではないかと説明してくださった。矢野さんは昔からこの形なのでと、当たり前のように言う。箕の本体は、竹の皮と身を部分的に使分け、それをL字に編むことで、青緑とあめ色の見た目も非常に美しいもの仕上がっている。サイズも大きいものから中ぐらいのものが置いてあり、矢野さんに聞くとここ土佐市の戸波(ヘワ)で作られているとのこと。作り手は現在60歳程度の人だという。

土佐箕・左側が全皮製、右側が身皮製
 
持ち手のシュロに注目

この箕以外には米あげやエビラという手つきかご、作物を干すため木枠の笊などの竹細工があった。次に藁で編んだ飯フゴ(おひつ入れ)もあった。この飯フゴは地名が横浜という場所で作られているのだそうだ。
 米フゴ以外にも、単にフゴと呼ばれる藁で編んだ作物入れ用のカゴや背蓑などもあった。
さらに、店の奥へ、他に何か掘り出し物はないかと探っていると、久野先生が大きな声で私を呼んだ。そこには「つづらケント」という籾殻などを振るうための道具を見つけたからだ。これは竹で丸い枠をつくり、大ツヅラフジという蔓を巻きこんで、碁盤目状の網目で編んであるもので力強いものだった。さらに天井に近い棚上に、木目も飴色に変色した大きな桶が大小2つ置いてあった。久野先生曰く、まさか高知にこのようなものを作っているとこがまだあるとは思わなかったそうだ。

藁おヒツ入れ
藁製フゴ
背簑と言う名の簡素の藁簑 かずらケント

 この店は高知で作られたものが多くおいてあり、これだけ地元のものを扱っているところは珍しいと久野先生は説明してくださった。店自体は明治から(100年ぐらい)営業しているが、竹細工関係のものを置くようになったのはここ30年ぐらいかららしく、昔は反物などの販売も行なっていたようだ。竹細工に関しては先にも記述した戸波というところからの取り寄せがメインである。つまりこの戸波に職人たちがいるようだが、その職人の詳細は説明してもらえなかった。
この店の雰囲気としては、非常に見た目も古く、品種も様々なものが置いてあるので、隅々まで見て回れば非常に面白い。
私の感想は、日用品から、竹細工工芸品、輸入物の販売など様々で、見ていてバラエティーにとんでいるというのが本音で、さらに地元の人たちの生活に密着しているように思えた。

最後に、この店主の店についての思いは「荒物はあって当たり前で、近場に置いていないものを販売した方がお客も喜ぶはず。」と仰っていた。

高知市内の桶樽
購入して作り手に支給するツヅラ蔓

次に訪れたのは旧伊野市の土佐和紙工芸村で、ここは施設そのものは非常に近代的である。この施設の内容は以下の通りである。
・ 紙すき体験 染め体験
・ 和紙の展示
・ 入浴施設
・ 宿泊施設
・ 御食事処
・ JA農産物売買
ここでは、久野先生のつくり手との関わり方をつぶさに見ることができた。和紙の展示ではさほど取り上げるものはなかったようだが、施設職員との話が以下の通りである。
和紙の資料室を見学していると和紙職人らしき人がたまたま近くにおられたのでその人と話をすることになった。
和紙そのものの存続の話をし、次にここでの和紙の質や素材の楮や三椏の話になり、さらにこの職人さんに自慢するべき和紙を見せてもらいたいということになった。
そして、通常の紙と、地元の楮100%で作った紙と杉皮を混ぜた紙をみせてもらった。この中で地元の楮100%を使った紙を見た瞬間、久野先生がいきなり喜び出し「これを高知県の代表するものとして推薦したい」といわれた。職人さんは最初戸惑っていたが、頒けて貰うように頼むと画仙紙サイズの紙を12枚購入することになった。この職人さんは非常にシャイな感じの方でいかにも「職人」という感じの人だった。そして最後に、「展示会では多くの人にいい結果として評価がされることを願っていますので、よろしくお願いします。」と、不安の中にも喜びを感じていたようだった。
 ここでの感想は、久野先生は車中では面白おかしく話されているが、仕事となる真剣なまなざしで、美しいもの、良いものを見分ける本領を発揮し、その巧みな話術で引き込んでいるのだなと感じた。ものよりわけ方と同時に非常に勉強になった。

 以上が1月21日の調査であった。この日は土佐和紙工芸村をあとにし、愛媛県の宇和島まで移動し、宿に入った。

 ここでもう一つ書かなければならないのは、久野先生の食に対する全国のおいしい店知識である。本日の美味いもんは・・・昼は山中にあるラーメンの「自由軒」ここでの醤油チャーシューメン、スープは一口目は非常に甘味を感じるが、段々と出汁の旨みが口の中に溢れてくる。薄めの醤油味だがとても濃厚な旨みを兼ね備えている。そして何よりやわらかくかなり肉厚で、とんかつ程の6枚のチャーシューがこのラーメンの味を殺すことなく、美味しさを主張している。学生の私はよくラーメンを食べるが、このラーメンの感動はベスト3には確実に入ると思う。そして何よりチャーシューラーメン一杯750円。高知に行くことがあれば絶対に食べておくべきだと思う。

 続いて晩御飯で食べた愛媛県宇和島市の「丸水(がんすい)」ここでは鯛めしを食べた。このお店は見るからに美味しいものがありますよ!と訴えかけているような風貌。我々が行った時間は8時半過ぎ。ラストオーダーが8時半だったので、調理場が片づけを始めてしまったそうだが、女将さんが親切に、「鯛めしだけならできますよ。」と対応をしてくださった。中に入る前に久野先生の車の横浜ナンバーを確認していたのだろう。席に通され鯛飯が出てくるのを待った。出てきたのは卵かけご飯。卵にさらに鯛の身と薬味を入れて食べるものだった。味はもちろん言う事なし。卵と出汁醤油と鯛の絶妙なコラボレーション。かっ込み型の卵ご飯をまさかこんなにも・・・こんなにもじっくり味わいながら食べる日が来るとは・・・もちろん完食。あとは宇和島へ行って丸水へ行ってお確かめください。間違いない美味しさだ。
しかしここで終わりではなかった。店を出てそぞろ歩くと、そこには趣のあるうどん屋を発見。おなか一杯なのにうどん屋へ直行。「釜揚げうどん」と「かやくうどん」を注文。もっちっとした太目の手打ち麺。釜揚げうどんは出汁につけてツルツルっと完食。かやくうどんは本場ジャコ天入り。さっぱりとしたスープの中につけたジャコ天から余すとこなくその出汁が。時が経つにつれて味がどんどん変化していく。はじめはおなか一杯で食べれる気はしなかったが、あっという間に完食。おなか一杯で食べたのに感じるこの美味しさ。ジャコ天恐るべし。
以上が2011年1月21日の旅だった。

 

手仕事フォーラム 衣笠宗法