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手仕事調査:東北地方

檜枝岐の半蔵づくりまだまだ

檜枝岐の半蔵づくりまだまだ

2012年3月19日
訪問地:福島県南会津

 福島県会津山奥、檜枝岐の「半蔵(ハンゾウ)」づくりは7、8年ほど前、森林保護法により材料となる栃の木が伐採されなくり、その当時親しくかかわってきた半蔵づくりの名人、平野和利さんがそのため仕事を辞めるとのことでした。その後、曲物づくりの星寛さんを訪ねる度に寄ってはいましたが、仕事はしてなく、これで半蔵づくりも終わりかと思っていたのでした。ところが昨年6月、東北の手仕事展のために怪我から治ったばかりで仕事は進んではいない星さん宅に寄ると、平野さんが数年前からやっているよとのこと。さっそく仕事場に寄ってみると、いつもは締まっているはずの仕事小屋で木をえぐる独特の音が聞こえます。

平野和利さんの仕事小屋

 かつて檜枝岐地方では、半蔵づくりのみならず様々な手仕事がさかんでした。その仕事場は自宅住まいでなく、遠くはなれた山奥、森林の中にひっそりと小屋を建て、寝泊まりしながらものづくりをしていた歴史があったのです。今もその形態がつづいていて、平野さんの仕事場も数キロ離れた森林の中にあります。小屋に入ると平野さんは作業中でした。

最盛期の頃、在庫などなかったにもかかわらず今日はこの小屋の中に完成した膨大な量の半蔵の完成品が積まれたり、乾燥のため立てかけたり、並べられてあります。どうしたのですかと尋ねると「採れなくなったとはいえ様々なルートから入手できる親切な方がいて、材料を3年前から提供していただくことになった」とのこと。それで仕事に取り組んでいるのだそうです。

山と積まれた半蔵

しかし時代の変化なのか、つくってもさほど売れなくなり、今はただつくるるばかりと嘆いていました。その材料を見ると。質はあまり良くなく、コネ鉢を刳り抜いたあとが虫に食われていたり、亀裂が入っていたり、材料がよく吟味されていないのがわかります。価格はその当時のままでしたが、質からみてやや割高感がしてしまい、これでは、世間に広めていく気力をなくします。それでも何点か小ぶりなものを選び仕入れましたが、価格が高いためたぶん販売は難しいでしょう。本来なら径が尺六寸から二尺の半蔵を求めたいところ。平野さん、腕は相変わらずのもので、出来については心配ありません。ですからいい材料さえ入手できれば檜枝岐伝来の栃の半蔵が復活するでしょう。

ところで、これまで半蔵とはコネ鉢で、そばやうどんを捏ねるための刳り鉢としてみていたのが一般的です。この地は尾瀬沼に行くルートでありしかもその起点ともなる場所でもありました。尾瀬沼を通過すると群馬県、栃木県、長野県、新潟県へ続きます。魚沼は米づくりが盛んで、とくに南魚沼産はブランド米としても有名です。その米づくりに欠かせない容器として用いるのが半蔵でした。半分の蔵と書くのはその意味からです。その半蔵に収穫した玄米を入れ横にいくつも並べ、さらに竹を2本のせて渡し、積み重ねていき蔵におさめるのだそうです。栃の木は防虫効果や防カビ効果があり、昔からこの材料が使われてきたとのことでした。近年はそば打ちが流行していることもあり、その為のコネ鉢として東京を始め各都市からの注文があったそうです。木を刳りぬくた鑿(のみ)跡が白味がちな栃材に活き活きとし、そこに生ずる木目や赤身の部分と重なると、模様としても面白いものです。

米の保存もこのように

20年ほど前、手仕事の日本展で三尺三寸のコネ鉢を出品したことがあります。どこかの博物館が購入してくれましたが、まるで生き物のような凄みのある工芸品として評判を呼んだものです。作り手も健在で材料さえ良ければ、この手仕事は健在であり、とりわけ東北の手仕事の特徴でもある、粘り強く、素朴な手仕事は、まだまだ続けられていくでしょう。

 

手仕事フォーラム 久野恵一