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伊予だより

清流肱川の懸け造りめぐり

2016年4月24日
語り手:門田真記子(手仕事フォーラム会員)

 

愛媛県松山市より南西へ約50キロにある大洲市。
この大洲盆地を流れる肱川沿いに懸け造り(かけづくり)と呼ばれる
日本特有の構造建築が3件もあることを最近知り、とても興味深かったのでそれらを巡ってみました。
懸け造りとは京都の清水寺のように山の斜面を利用して
格子状に柱を組んで建物の土台にした建築様式で、日本各地の
寺社仏閣などで見られるようですが、愛媛県には大洲市に3件あるのみです。

 

 

まず、肱川を見下ろすように建てられた臥龍山荘内にある不老庵へ。
ここは通っていた高校が近くにあったので昔から馴染みのある場所です。
この場所はもともと大洲藩主の庭園だったところで、
後に豪商の別荘として明治36年に建てられたそうです。
肱川がゆるやかに湾曲していてとても風光明媚な場所です。

 

 

中から見ると船に乗っているかのように見立てられています。
竹を網代編みにしてアーチ状にした天井は、川の水面に映った月光を反射させるため
の設計だそうです。山荘内には自然の美しさを愛でる工夫が随所に見られます。

 

次は、臥龍山荘から見える冨士山(とみすやま)の中腹にある如法寺。

 

 

参道沿いにある毘沙門堂も懸け造りの建物です。だいぶ傷んでいるようですが、
不老庵を手がけた地元の大工が明治41年に造ったのだそうです。
秋は紅葉が綺麗なお寺です。

 

最後に如法寺から見て肱川の対岸にある少彦名神社の参籠殿(さんろうでん)をご紹介します。
大国主命と国造りをした少彦名命が道後温泉を発見した後、この地へ赴き肱川で亡くなった
という伝説が残されています。藩政時代は入らずの山として一般の人々は入ることが
できなかったという神秘的な場所です。

 

神殿に上がる途中にある参籠殿は、寄り合い所のような場所だったそうで
昭和6年に建築されました。こちらも先の2件と同じ地元の大工による設計だそうです。
氏子がおらず老朽化していた建物を近年修復し、新しい柱が組まれました。
横から見ると、もうほとんどが宙を浮いているような建物です。
不老庵の建設で腕を磨いた地元の大工が次々と肱川沿いに懸け造りの建物を
作ったことは、自然の摂理のようにも思えました。