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住まいと暮らし

下諏訪の温泉宿場

下諏訪の温泉宿場

2014年7月9日
語り手:吉田芳人(手仕事フォーラム会員)

 諏訪大社は諏訪湖を挟んで、南の上社、北の下社に分かれ、下諏訪町には、下社である
「秋宮」と「春宮」があります。全国各地にある諏訪神社の総本社であり、国内最古の神社のひとつとされています。秋宮と春宮を結ぶ道は江戸時代初期に街道整備が行われ、中山道と甲州街道を合流させ下諏訪宿が設けられました。中山道六十九次のうち二十九番目の宿で、甲州街道の終点でもありました。江戸を起点とする五街道のうちでも東海道とともに江戸と京都を結ぶ重要な街道で安藤広重の「木曽街道六十九次」にも描かれています。元々、下諏訪には中世以降と言われる温泉もあり、参拝者や湯治客で賑わった温泉宿場でした。
明治になると宿駅制度がなくなりましたが、中山道と甲州街道の分岐であること、また街道の北に和田峠、東に塩嶺峠等の難所を控えているため宿場に泊まる旅人で賑わい続けました。そのため街道に面する宿も、各旅館に引湯を行い旧宿場の施設は温泉旅館になっていきました。明治初期からの器械導入による製糸業が始まり、器械の普及により多くの工場が操業を初め、その好景気により下諏訪宿内の温泉旅館や料亭がいっそう賑わいをみせるようになりました。明治36年の中央線開通により、さらに多くに人が訪れるようになり、島崎藤村、芥川龍之介、斎藤茂吉、高浜虚子等文化人との交流も行われてきました。戦後、時計、カメラ、オルゴールを中心とした精密工業の進出により東洋のスイスと呼ばれるようになりました。現在、旧中山道沿いを散策すると、宿場町の町並みと温泉地の風情を感じることが出来ます。

諏訪大社下社秋宮の幣拝殿

 岩波家は江戸時代参勤交代の大名が宿泊する本陣として使われていました、国内の旧宿場の本陣は街道に直接屋敷が面していることが多いのですが、岩波家は表門から主屋に至るまで庭園を抜けて玄関に至るという築庭式石庭園を家屋の周囲に配した造りとなっており、中山道随一と言われる庭園を持っていました。生業は問屋として、宿場の交通運輸の一切を取り仕切る重要な役職を幕府より与えられた宿内の最高責任者でした。その権威の高さが庭をみて感じることが出来ます。屋敷はなくなった部分もありますが、現存する奥座敷は柱寸法、床の間、欄間のしつらえが京都風数寄屋造りで洗練された意匠となっています。江戸時代、京都に直結した中山道の本陣として、大名、公家等の往来により京文化の影響を直接受けていたことが想像されます。

岩波家玄関に向かう苑路

 

京風数寄屋造りの座敷

 歴史民俗資料館は、明治初期の建築で宿場商家の特徴がみられます。正面の縦繁格子を備えた出格子と玄関に大戸を備え、中にミセと呼ぶ板の間と、裏庭に通じる通り土間を持つ典型的な商家建築です。内部は街道、温泉などの資料が展示してあります。資料館の横を進むと、ナマコ壁と板塀で造られた土蔵が立ち並ぶ路地は裏路地の風情を残した魅力的な空間です。また街道に面する温泉旅館で営業を続けている旅館の数こそ少なくなりましたが、街道に面し温泉宿場の面影を残した建物も点在しています。また近年宿場の風情を残すため、木造2階建て、白壁と縦繁格子を備えた建物が復元されるようになり、街道景観の保全が徐々に進んでいます。下諏訪町でも、国の「歴史的風致維持向上計画」の指定を平成21年3月に受け歴史的建造物等の保存整備、歴史的町並み景観の保全や景観形成整備、祭礼などの伝統文化の伝承、住民を主体としたまちづくり活動の活性化、歴史的資産を核とした文化財ネットワークの構築を目指して動き出しています。

再生商家を利用した歴史民俗資料館

 

温泉宿の面影を残す町屋

 

復元された温泉旅館

 

裏路地の土蔵が何処か懐かしい

 伏見屋邸は「歴史的風致維持向上計画」に基づき、調査が行われました。建築は江戸末期と推定され、建物構造と建具類が復元の手掛りとして多く残っていたため町では平成22年に復元工事を実施し、商いを行っていた往時の姿を再生した建物です。元々、伏見屋邸は江戸時代から名主・年寄役を務める家柄で、明治になると諏訪で最初の器械製糸を創業しました。その後呉服・荒物・煙草などを扱う商売を営む商家の典型的な町屋です。正面1階に縦繁格子を入れ、商い空間のミセ部分に摺り上戸が復元されています、2階窓部分に切子格子、外壁は信州で見られる貫現し真壁構造白漆喰塗りで仕上げられています。現在、町散策の休憩所として活用運営サポーターが町の歴史・見どころ案内を行っています。

貫と白壁が美しい伏見屋邸外観

 

格子組と小庇を支える持ち送りが特徴

 

町中に残る商家、後から建てられた電柱が屋根を貫通しています

 住民にとって、町並みが時代を重ねて作られてきた心の記憶でもあるように、住民の日常生活のあり方や歴史・文化が共にあることから。これらを丁寧に掘り起こす作業を継続することが、住民参加型の豊かな町並み空間が形成できると感じました。