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住まいと暮らし

鋳物師(いもじ)の町金屋

鋳物師(いもじ)の町金屋

2015年9月16日
語り手:吉田芳人(手仕事フォーラム会員)

 金屋町は慶長16年(1611)前田利長により招かれた鋳物師のより鋳物作業場(吹場)を建設したことから始まります。鋳物は火を使う職種であり火事を起こしやすいため、江戸時代拝領地とする場合も、高岡の中心を外れ、千保川左岸に町建てしました。藩は税や労役の免除特権を与え、鋳物師は城や町づくりに必要な鉄釘、金具類・鍋・釜・鋤・鍬等の鉄鋳物の製作をしていました。江戸中期以降に銅器鋳物の技術を導入し。仏具や香炉などの美術工芸品の製造に加え、梵鐘や灯篭等の大型鋳物の生産を行い急速に発展しました。発展の要因として、北前船の役割が大きく、千保川の水運を利用し、伏木港より米・木綿・塩・味噌・鍋釜等の生活必需品が北海道や青森に運ばれ、ニシン肥料や海産物・材木・大豆・銅地金が伏木港に移入されていました。北海道のニシン漁の最盛期には、魚肥をつくるためのニシン釜の鋳造で金屋の町人は財を成し、明治になり税の特権がなくなっても、産業構造の変化に合わせ、問屋制・分業化を推進すると共に、新製品の開発、販路の拡大を行ったため現在も職人が住む町が残ることになりました。戦後はアルミニウム産業の隆盛と共に、郊外の工業団地に加工業者は移転しましたが、研磨・彫金・着色などの作業は現在も町中で行われています。町並みも町屋、作業場、土蔵など鋳物鋳造に関わる建築が良好に保存されており、平成24年(2012)に国の伝統的建築物保存地区に選定されています。

 鉄の精錬には明治期までは、砂鉄を原料とし木炭を燃やすふいご炉を使うたたら吹きによる伝統的溶鉱が主流でした。大正期には新式溶鉱炉として電気式の送風機を用い熱効率の良いコークスを用いるキュポラと煙突が造られました。現在、旧南部鋳造所のキュポラと煙突だけが残っており、煙突はイギリス積のレンガ造で、高岡鋳物の近代化のシンボルとして国の登録有形文化財として指定を受けました。

1.900年初頭の金屋町、川越しにキュポラの煙突が見えます
(「千保川の記憶」より出展)

 

旧南部鋳造所のキュポラ

 

鋳物資料館に展示されているたたら吹き

 金屋の町並みは、千保川に沿って1本奥に入った街路沿いに500m程度町並みが続きます。町屋の特徴は、切妻造り平入、屋根は桟瓦葺き、下屋は板葺きを基本としています。大屋根は明治中期まで板葺き屋根で、屋根板が風で飛ばないように石置き屋根であったといわれています。町中には1軒のみ石置き屋根を見ることが出来ます。外の多くの町屋は瓦葺きとするときに、屋根勾配を急にし、雪が多く積もるため大屋根の軒を下屋根より前に出し、落雪の被害を軽減する形に変わりました。深い軒の張出は雪の荷重を支える為、出し梁工法(天秤梁とも言います)で造られ力強い印象を受けます。屋根の両端には袖うだつが取り付きます。

石置き屋根が残る立川家

 

加賀藩が招いた鋳物師を源とする金森家

 

鉄瓶、茶の湯釜の製造を行う釜師畠春斎家

 

伝統的な造りを残す町屋

 

大屋根が下屋庇より張出しています

 

大屋根を支える出し梁、梁先に雨除け、くり型が設けられています

 

袖うだつ、袖壁の端部に銅板の飾り金具が付いています

 下屋庇は目板を打って笄(こうがい)と呼ぶ角材で固定しています。軒を支える腕木は水平腕木を出し、出桁で支えるせがい造りで造られています。隣家境の庇小口には角張った下屋根を柔らかく見せる為に眉切や渦を施した起破風板(むくりはふいた)が付けられています。

下屋庇は厚板の上に目板を打ち、角材で押えています。

 

腕木を出して軒を支えるせがい造り

 

隣家境の起破風板

 

柱内に嵌め込んだ格子

 

柱外に組み込んだ格子

 1階正面の竪格子には柱内に格子をはめ込んだものと、格子を外付けとし柱を画したものが見られ、内側にガラス戸や障子が入ります。道路境の軒下には薄緑色の笏谷石が使われており、北陸一帯で土間などによく使われています。町屋の平面は、道路に面し主屋が建ち、背面の中庭を挟んで土蔵が建つ形式は京都で見られる町屋の造りと同じですが、土蔵の奥に作業場を設けています。作業場で火災があった際に主屋への延焼を土蔵で防ぐための工夫とされています。玄関を入るとミセがあり、隣のオイは天窓を持つ吹抜け空間で差鴨居と束貫によるワクノウチ造りの堅牢な木組みが魅力です。後代に小屋部分に天井を張り、四角錐の天窓とした町屋や店2階を部屋として利用するため、吹抜けに面し渡り廊下がある家が多く金屋の町屋の特徴でもあります。

ワクノウチ造りを現しにしたオイ

 

四角錐の天窓

 

オイ吹抜けに面した渡り廊下

 

銅板で覆われた天窓

 中庭に面する座敷には珍しい銘木や様々な色の砂壁、彫刻欄間や襖などに贅を尽くし質の高い空間として設えられています。加えて座敷からの眺めは、家々に個性的な特徴があります。中庭には銘石や四季を彩る多様な樹木やコケが植えられ、手水鉢や灯篭が配され趣向を凝らした落ち着きのある空間を造りだしています。離れに茶室を設けた家もあり、加賀藩以来の茶の文化が根付いていることを感じさせます。

座敷縁側より中庭を見る、建具格子飾りが付いています。

 中庭の奥には通り土間で繋がった土蔵があります。土蔵入口の部分を戸前と呼びます。この場所は、家族でもあまり行くことのない最も私的な部分ですが、家の格を示す最も重要な場所です。土蔵入口を鳥居枠とし観音開きの扉には戸先に防火のため3重程度の段をつけた掛子塗りを施し、扉表面にこて彫刻で家紋や屋号が配され、左官職人が存分に腕を振るった場所でもあります。扉を保護するために鞘(格子枠)で扉を覆っています。鞘には繊細な組子や彫り物が組込まれ、漆塗りにした物もありとても豪華なものです。

繊細な組子を持つ格子戸

 

土蔵扉を保護する鞘に付く七宝文様の彫物

 金屋で育まれた鋳物の伝統技術からは、高岡銅器・漆器などの伝統工芸やアルミ産業が生まれ、産地活性化の取り組みとして、地方ブランドの取り組みが活発です。新しい産業工芸の動きを誘発するため「新しいクラフトをもとめて」をテーマに高岡クラフトコンペティションが開催され、今年で29回目となります。デザイン性の高いクラフト作品発表、表彰という形で人材発掘や地場産業との連携に成果を上げてきました。近年高岡では「生活に溶け込んだクラフトと生きていく文化」の提案がなされ、クラフトをキーワードにものづくり、まちづくりへの動きが始まっています。

高岡銅器のブランドショップ KANAYA