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有松の町並み

散居の風景

有松の町並み

2016年11月7日
語り手:吉田芳人(手仕事フォーラム会員)

 有松の町並みは、北側に藍染川の通称で呼ばれる手越川が流れ、河岸に沿ってなだらかに曲がった東海道に面し800mの区域に絞商の大規模な商家と職人住居や作業所の建物が混在して独特な雰囲気が保たれています。江戸時代以後現在に至るまで社会の変化に対し、持続的な発展を遂げ住民にとって精神的な価値を持ち続けているから現在の町並みが継承されていると考えられます。今年7月に、東海道沿いに江戸時代から継承される良好な町並みが残る有松地区が「伝統的建造物群保存地区」に選定されました。名古屋から車で30分余りの大都市部での指定は京都・金沢などに続き全国的にも少なく、これからの町並みの保存の意義は重要です。

有松の町並み

有松といえば絞りが有名です。江戸初期尾張藩は江戸と京都を結ぶ東海道の整備を進め、鳴海宿と池鯉附宿の間に集落を開くこととし慶長13年(1608)の藩の移住奨励によって開村されました。宿場町ではなく茶屋集落として合宿(あいのしゅく)と呼ばれました。移住した住民は耕地に適した土地も少ないことから、東海道を往来する旅人向けの土産品として、当初の移住者の一人である竹田庄九郎が名古屋城築城の折、豊後の絞り染めの衣服をみて副業として有松で三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいを売るようになったことが始まりと言われます。東海道の名物として全国に知れ渡り、絞り染が盛んになりました。その後、尾張藩の有松絞り保護のため有松の業者に営業独占権を与えたことにより、鳴海有松を含む周辺地域への絞り工程の下請けが広く行われ、独占権を得た有松は絞商の豪壮な屋敷が建ち並ぶ現在の町並みの基礎が形作られました。当時の浮世絵などで町の様子が想像されます。
江戸中期に大屋根は茅葺き、店前は店頭商いのため蔀戸が設けられ、1階下屋根が板葺きや瓦葺きでした。現在の町屋の形式は、天明4年(1784)の大火により、ほとんどの建物は焼失し、以後耐火対策が取られた瓦屋根、塗籠壁(ぬりごめかべ)、土蔵が整備されたのは江戸後期以後と言われています。

 
有松絞り 江戸後期に描かれた絞商竹田庄九郎家
「尾張名所図会」より

 絞り染めは明治以降、藩の庇護を失い店頭商いを主としていた有松絞りは一旦衰退したが、販路の拡充、新しい技法の開発、卸売り販売への業態変換により明治後期から昭和初期にかけて最も繁栄しました。街道に面し主屋、土蔵、門、塀が並び、奥に商品を収納する土蔵や作業所としての釜屋が建ちます。近世に客人を茶室や奥座敷に招き入れる接客が大店では必須となり、主屋脇に門を設け、主屋背後に庭を配し、外周に塀を設ける形式が絞商の屋敷構えの基本となりました。

 服部家は敷地中央に二階建ての主屋を配置し、井戸屋形、土蔵、門など11棟が県指定文化財となっています。主屋は木造切妻二階建て、一階に連子格子、二階は黒漆喰の塗籠造りで屋根両妻に設けられた卯建つが特徴です。背面は藍染川に面し敷地段差があり、米蔵、藍蔵は北側から見ると三階建てとなり、開口部の格子を入れた外観は城郭の魯を思わせます。

服部家主屋

 
 
服部家土蔵
海鼠壁と持ち送りのある小庇が特徴
 卯建つ

竹田家は、有松絞りの開祖竹田庄九郎から400年以上の伝統を持ち、有松の代表的商家です、主屋は木造切妻二階建て、大屋根・下屋根共桟瓦葺き、一階が連子格子、二階が虫籠窓(むしこまど)のある黒漆喰の塗籠造、腰壁は海鼠壁で仕上げられ、接客のための長屋門・塀、玄関、書院、茶室を備えています。

 竹田家長屋門、右側が「尾張名所図会」に描かれた商家、現在はガラス戸が入り外側に連子格子が取り付けられています。

 

中濱家は主屋西側に土蔵、東側に塀・物置を配した絞商の典型的な屋敷構えとなっています。主屋は木造切妻二階建て、一階に連子格子、二階は連窓の虫籠窓が並び、黒漆喰で塗籠めています。絞商の一階の軒が低く深いのは、かつて店頭販売をしていた名残りと藍染が日差しで変色しないように日差しを制限するためと言われています。
屋敷を囲む塀は、東側に玉石積の擁壁、北側の藍染川沿いに亀甲状の切石を積んだ擁壁の上に板塀が建ち腰を下見板張とし、小壁を黒漆喰塗りとし、母屋との統一感のある屋敷景観を保っています。

 
中濱家主屋 街道側に妻を見せた土蔵

 伝統的技術を擁する町の課題は、生活の洋風化に伴う需要の減少、商品を業者や百貨店に卸すなど流通の変化に伴い問屋化し、街道沿いで対面販売することが少なくなりました。絞りが分業化された生産工程のため、一部の工程を海外に発注することも多くなり、本来100種程度あった伝統柄を再現することも難しくなっています。また職人の高齢化、減少により分業形態での仕事が成り立たないため、絞り工程の多くを自前でこなす製造卸が増えることにより手間のかかる高度な技術を習得するより、人気のある絞り模様を多くつくることが求められるなど、技術の蓄積がされない状況が続いています。すでに、地元では後継者育成のための練習生制度も開かれるなど伝統継承の試みが始まっています。
土地に根差した技術や生産構造を社会の変化に合わせ変化させ、現代生活に寄り添う、伝統技術を活かしたアイテムを開発することで、観光客の誘致を進め、町並みと共に文化的価値をいかに高めていくか今後注目したい町です。

 

参考文献 名古屋市有松伝統的建造物群保存地区保存計画
     文化財ナビ愛知
     有松 有松まちづくりの会編
     民藝 2010年7月号 特集 絞染