手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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あごちくわ PARTU

あごちくわ PARTU

2008年6月13日
語り手:阿部一郎

前年、同時期にもあご(飛魚)について紹介し、光に集まってくるその習性を活かしたすくいあご漁のことを、鳥取の夏の風物詩として書かせて戴きました。(現在は低効率の為、その漁法の漁師の数も激減していますが、たもで飛び魚をすくうだけなので、非常に鮮度が良く、魚にキズがほとんど付かないので珍重され高値で取引されます。)

そして今回のPARTUの主旨なのですが、あごちくわと民藝の関連性を問うてみたいと思います。ぶっきら棒な話の書き出しで申し訳ないのですが、民藝という観点で器を想うとき、その地方の特色ある優れた土を使って無名の工人達が使い手の事を第一に考え、奇をてらわず、使い易い器、簡素な色合い、又便利性を求めてシンプルな形につきつめた物におのずと自然に美が宿ると私は考えるのですが、これとまったく同様の事があごちくわにも見出せるのではないかと思うのです。

それは土イコールあご、陶磁器イコールあごちくわという図式です。くしくもその間を会するものが火というのも焼く時間、温度は違いこそすれ同じです。

漁師が鮮度を保つ為、いろいろな漁法を工夫して、獲ってきたあごを加工職人達が、その美味しさをなるべく多くの人に食べてもらえる様、又その風味をかわさぬ様、この暑い時期、まざり物をいっさい使わず、塩のみで練り上げて、竹の棒にまぶりぬり付けて焼き上げたものがこの時期鳥取を代表するあごちくわなのです。

そのまま食べてもらってももちろん美味しいのですが、他の料理にも使いやすくこのシンプルなちくわという形にまとめた当時の人達の知恵の中に民藝の一端を感じるのです。こういう事を書くと民藝について一家言ある方々に苦言を頂戴するかもしれませんが、毎日手に持ち目に触れ、口にするものの中にこそ一番身近な民藝のいろはがあるのではないかと思うのです。