手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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連載・手仕事レポート

Kuno×Kunoの手仕事良品

手仕事フォーラム代表の久野(くの)恵一ならではの手仕事に関するディープな話を、フォーラムメンバーのライター久野(くの)康宏が紹介します。

Vol.110 及川隆二さんを偲んで

2015年3月25日

さる2月8日、私がもっとも信頼する同業者であり、40年にわたって友情を温めてきた盛岡光原社の及川隆二社長がお亡くなりになった(及川さんとの出会いと交流については、この連載記事の第99回でも紹介)。光原社さんにはもやい工藝の発展に...

Vol.109 鈴木繁男さんのこと 第10回

2015年2月25日

昭和57年(1982年)の春、一週間にわたる鈴木繁男さんとの九州の旅により、私は物の見方や捉え方の根本的な部分を学んだ。よいとか悪いとかということだけではなく、その背景にあるものを感じさせる大きな旅だったと思う...

Vol.108 鈴木繁男さんのこと 第9回

2015年1月28日

苗代川から伊集院という町へ下っていく道すがら、鈴木さんに苗代川の地域は「美山(みやま)」という地域だと説明すると「なるほど、かつては住宅が無く、小高い山があって、そこに朝鮮の人たちが移り住んでいたのか。そういう雰囲気は...

Vol.107 鈴木繁男さんのこと 第8回

2014年12月31日

龍門司焼の川原史郎は鈴木繁男さんの話に納得はしなかった。本質的な意味は理解できていなかったと思うが、自分がきちんとした物をつくっていかないといけないという考えは植えつけられたようだ。その後も内紛が起こる窯のなかで...

Vol.106 鈴木繁男さんのこと 第7回

2014年11月26日

熊本を後にして、鹿児島へ向かう途中、鈴木繁男さんは戦時中、水俣にいたことがあると懐かしんでいた。それでも水俣に寄ることはなく、熊本の日奈久(ひなぐ)温泉に差しかかったとき、私は高校3年の修学旅行でこの風情ある場所に泊まった...

Vol.105 鈴木繁男さんのこと 第6回

2014年10月29日

小代焼窯元でもある大牟田の福田豊水さんの所では絣(かすり)を見せてもらった。奥さんは絣のコレクターだった。福田さんはビアガーデンのオーナー。5月から10月はじめで1年分の売り上げがあり、残り半年は自由なため、骨董好きで...

Vol.104 鈴木繁男さんのこと 第5回

2014年10月1日

鈴木繁男さんと九州に入り、本当はすぐに小鹿田に向かいたかった。しかし、今と違って福岡から高速道路がつながっていなかったので、まず鈴木さんがいちばん気になっているという佐賀の大日窯を目指した。鈴木さんは砥部の梅野製陶所で...

Vol.103 鈴木繁男さんのこと 第4回

2014年8月27日

前回(鈴木繁男さんのこと 第2回)で述べたように、出西窯を介して、私と鈴木繁男さんの関わりはいっそう強まっていった。日本民藝館では、鈴木さんの展示手法を間近に観ながら助言をいただけた。そのうち展示の手伝いも、なんとなく...

Vol.102 鈴木繁男さんのこと 第3回

2014年7月23日

戦後の民藝運動は、昭和30年(1955年)前頃から柳宗悦が亡くなるまでの13〜14年間に一般社会にかなり広まった。しかし、その後は日本の手仕事の発掘がなんとなく遠ざけられた感じだった。その一方で、柳の後を追いかけてきたさまざまな人たち...

Vol.101 鈴木繁男さんのこと 第2回

2014年6月25日

今になって思えば、鈴木繁男さんに出会い、物の見方を知ったことが、自分自身の内実を深めることで今の立場で生き方の方向を決めることになったのかなと思う。しかし、当時は夢中にただ言われたことに、民藝の歩んできたこと柳宗悦と同人たち...

Vol.100 鈴木繁男さんのこと 第1回

2014年5月21日

この連載記事も100回を数えることになった。100回目は前から考えていたのだが、私がこの仕事をしていく上で大変な役割を果たしていただいた鈴木繁男先生の思い出を前編・中編・後編の3回にわたって語っていきたいと思う。なぜ思い出を...

Vol.99 及川隆二さんのこと

2014年4月30日

今までこの連載記事では制作者に視点をあててきました。それでまた私とつながりのあるベテランのつくり手たちのことについてはほぼ語り尽くしました。これからは若いつくり手とお世話になった方々について紹介していくことにします。まずは...

Vol.98 山内武志さんの型絵染め

2014年3月26日

平成元年に日本民藝協会の手仕事調査が始まり、私は調査員のひとりに選ばれた。この調査を提唱されたのは四本貴資(よつもと・たかし)さん。染色工藝家であり、当時は東京造形大学の教授を辞めたばかりで...

Vol.97 小谷栄次さんの宙吹き硝子

2014年2月19日

小谷真三さんは日本の手仕事のガラスの分野におけるリーダーであるし、パイオニアだ。そんな真三さんも83歳になり、後継者のことを皆が心配している。真三さんのような仕事ぶりをそのまま続けさせていけるかどうか、とても心配しているのだ...

Vol.96 復活した森 新緑さんの竹細工

2014年1月29日

九州の人たちはわりと諦めが早い気質をもつ人達が多い。熱しやすく、冷めやすい。仕事が思うにならないと、きっぱり辞めてしまう場合がある。いったん辞めようと心に決めたら、翌日には辞めてしまうのだ。九州を40年以上...

Vol.95 伊賀丸柱の土鍋と日常雑器づくり向けて

2013年12月25日

伊賀丸柱に初めて行ったのは、車の免許を取って間もない頃。1974年頃のこと。当時、伊賀丸柱は土鍋の産地で、その中の森里(もりさと)製陶所では、日本中の民藝品店に、青地釉の土鍋を売っていた...

Vol.94 伝統を守り続ける瀬戸本業一里塚窯

2013年11月27日

「日本の焼き物のあけぼの」とまでいわれている愛知県瀬戸市。日本における陶磁器の発祥地である。その焼き物は「瀬戸物」と呼ばれ、全国に知れ渡る、日本最大の焼き物の産地だ...

Vol.93 沖縄、奥原硝子その後 ペリカン・ピッチャーのつくり手が亡くなる

2013年10月28日

この連載記事の第4回で、沖縄・那覇にある奥原硝子製造所の代表であり、職人の桃原正男(とうばら・まさお)さんが吹くペリカン・ピッチャーの話をした。ペリカンのくちばしのような、注ぎ口が細く...

Vol.92 倉敷緞通に生涯を捧げる瀧山雄一君

2013年9月25日

私が経営する、もやい工藝を北鎌倉から現在の鎌倉佐助へ移転したのが昭和62年(1987年)のこと。店を拡げたこともあって、住空間を豊かにする物、器やカゴのみならず、織物など身の回りの美しい物を扱っていきたいと考えていた...

Vol.91 京都・三条、内藤商店のこと

2013年8月21日

現在、「民藝の教科書D」(グラフィック社)の制作を進めているが、この書籍では箒(ほうき)やタワシといった棕櫚(しゅろ)を素材に用いた道具を取り上げないわけにはいかない。箒の種類はさまざまで、柄の長い柄箒(えぼうき)...

Vol.90 砥部焼への想い

2013年7月31日

私が40年ほど前、この民藝の仕事に入った時、まず陶磁器の仕事が日本各地でどのようなものがあるか、民窯地図を広げ、民窯の本を読み漁り調べた。磁器をつくる窯は有田焼の大日窯(だいにちがま)、砥部焼(とべやき)の梅野精陶所(梅山窯)...

Vol.89 甲州郡内ザル

2013年6月26日

日本の手仕事良品を取り上げた、柳宗悦の著書「手仕事の日本」にも竹細工の産地はほとんど出てこない。昭和40年代頃から、ようやく日本各地の竹細工、カゴ、ザル類の調査や日本民藝館展への出品により、編組品の優れた手仕事の紹介が始まった...

Vol.88 東北のアケビ蔓細工

2013年5月29日

グラフィック社から刊行される「民藝の教科書 カゴとザル編」のために東北のアケビ蔓細工を取材した。しかし、現地を訪ねてみると、案外、つくっている人が少なかった。まずアケビ蔓は採取が大変だ。造林の影響で...

Vol.87 戸隠の根曲竹細工

2013年4月24日

今度、出版する「民藝の教科書」はカゴとザルをテーマにしている。その最後の取材を数日前に戸隠でおこなった。戸隠は去年11月に取材していたのだが、悪天候のため、靄がかかり、戸隠山の山並みを撮影できなかった。私は...

Vol.86 飯干五男さんのカルイ

2013年2月25日

今まで自身との関わりが薄いということもあって、取り上げてなかったのだが、竹細工にとっては最も重要な存在のカゴがある。昔、800万の神々が集まったという天岩戸伝説で知られる...

Vol.85 白磁の染め付け

2013年2月25日

民藝店に置かれる白磁製品は有田焼の大日窯、砥部焼の梅野精陶所(梅山窯 ばいざんがま)が主力となっている。その他の白磁といえば個人名を主張した作家性を帯びたものが目立つ...

Vol.84 南薩摩・南端の竹細工

2013年1月28日

今門さんは野球が好きで、少年野球の監督をしていたりもした。それで、一般的な経済事情もよく知っているため、竹製品を製作するのに日当計算すると、それなりの金額になってしまった。もやい工藝で1個仕入れても、なかなか売れない。とはいえ...

Vol.83 小鹿田焼の黒木昌伸君に期待

2012年12月28日

現在の小鹿田焼を牽引しているつくり手は坂本浩二君。そして、私たちが繰り返し紹介してきたことの影響か、同じく若き陶工、黒木昌伸君の知名度がどんどん高まってきている。浩二君いわく...

Vol.82 小鹿田焼のこれから

2012年11月22日

この度、手仕事フォーラムの集まりが私たちの直営店「秋月」にておこなわれた。その際に驚いたのは、小鹿田焼の若い後継者たちが6人も参加していただいたということ。83歳になる小谷真三さんや、同世代の陶工と接して...

Vol.81 石村英一さんの漆器

2012年10月25日

日本民藝館本館に入って左側、現在は染織品を展示する部屋の片隅に小さな引き戸があり、その内部は台所になっている。私が昭和50年(1975年)くらいから日本民藝館に出入りするようになった頃...

Vol.80 佐藤多香子さんの織物

2012年9月26日

先日、グラフィック社より私が監修した「民藝の教科書 染めと織り」の本が出版された。私は今まで陶磁器と編組品、木工品とガラスと関わりがあったけれど、織りと染めに関しては軽視してきた...

Vol.79 横田 安さんの磨き土器

2012年8月30日

関東の焼き物の地域は栃木県の益子と、益子に隣接する茨城県笠間がよく知られている。ほかにも明治時代までは各地に窯元があったのだろうが、大産地となったのはこの2ヵ所である。益子は濱田庄司先生が窯を築いたことにより現代民窯として...

Vol.78 朝鮮陶器と竹細工の関係〜池田孝雄さんの竹細工

2012年7月30日

今回は朝鮮陶器が伝わった唐津の里で、今もなお竹細工に取り組む池田孝雄さんを紹介する。九州には別府をはじめ、いたる所に竹細工の産地があった。北部では、福岡県の二日市近辺にも数名の制作者がいたが...

Vol.77 宮内謙一さんの大物づくり

2012年6月28日

宮内さんは島根県石見地方、石見焼の窯元、嶋田窯の三男として生まれた。長男は嶋田春男さんといい、数年前に亡くなられたのだが、春男さんも大物づくりでは大変優れたつくり手として名を馳せた人だった。謙一さんは婿養子として宮内家に...

Vol.76 柳宗理さんを偲んで [後編・民藝を継いだ人]

2012年4月25日

デザイナーに共通する視点なのだろう。柳宗理さんは当初、驚異的な造形物、感覚的に生々しい、とりわけ原始的な物を賞賛された。その物の中でもフォーカスされる部分があって、自分の眼の位置から直線的に物を見て、その物が訴える部分に...

Vol.75 柳宗理さんを偲んで [中編・日本民藝館館長になる]

2012年4月25日

私が日本民藝館に出入りするようになったのは昭和50年頃からのこと。それは朝鮮文化を日本に紹介され、柳宗悦先生の民藝運動の発端となった浅川巧(たくみ)さんの奥さんである咲(さく)さんと娘さんの園絵(そのえ)さんの母娘が柳宗悦先生以降...

Vol.74 柳宗理さんを偲んで [前編・柳宗理さんの功績]

2012年3月31日

先日の3月23日に六本木の国際文化会館で「故・柳宗理(むねみち)を偲ぶ会」が催された。私も関係者の一人として参加させていただいた。柳さんと関わりの深い参加者はとくに関係者が多かったのが印象的だった。世界的なデザイナーを偲ぶ会...

Vol.73 津嘉山寛喜さんの竹細工

2012年3月7日

沖縄本島でも竹細工を生業とする人は津嘉山寛喜(つかやまかんき)さんのみになってしまったようだ。しかし、日本各地の状況と同様に、もう竹細工職人はこの人しかいないと思うと、どこかに他の職人が潜んでいる場合もある。それがいつも意外な...

Vol.72 猪俣謙二さんの龍門司焼

2012年1月31日

龍門司焼については現・龍門司焼企業組合理事長である川原史郎の軌跡を通じて、この連載記事で2回にわたって紹介してきた(第9回、第10回)。しかし、川原は理事長職の忙しさから焼き物の数をつくれなくなり、技術も落ちてきた...

Vol.71 清水俊彦さんの丹波焼

2011年12月31日

清水俊彦さんの仕事ぶりについては、以前この連載記事の第51回・生田和孝さん編でも触れた。清水さんは生田さんの最初の弟子で、弟子から職人となり、生田さんの仕事そのものを受け継いで今まで仕事をしてきた...

Vol.70 小田中耕一さんの型染

2011年11月29日

この仕事に入って40年、鎌倉佐助に店を移転して25年が経過した2011年11月14日、私自身の地元、鎌倉で手仕事フォーラムの集まりを初めて開くことができた。私には制作者の方々とこれまでのいきさつ語りたいという願いがあり...

Vol.69 井上泰秋さんの小代焼

2011年10月28日

私が熊本の小代焼(しょうだいやき)の窯を初めて訪れたのは、昭和49年(1974年)の春だった。私にとって初めての車での旅。ひとりで運転し、宮崎までフェリーで入って、小代焼の窯元がある熊本まで北上して行った...

Vol.68 横田屋窯 知花 實さんのやちむん

2011年9月25日

沖縄の焼き物「やちむん」の良品について、この連載記事で今まで紹介してきたつくり手は北窯の松田共司君、宮城正享君、恩納村の照屋佳信さん、荒焼(あらやちー)の新垣栄用さん。この人たちは特徴的な仕事をするし...

Vol.67 森山ロクロ工作所の茶たく

2011年8月21日

私は木工の仕事とはやや縁が薄いように思われているかもしれない。それは私たちの目指す方向に関わってきているつくり手がきわめて少ないということも理由のひとつにある。先日、手仕事フォーラムのメンバーと出雲を旅したとき...

Vol.66 出西窯 後編「陰山善市さんの役割」

2011年7月24日

今年6月3日〜5日、手仕事フォーラムの有志を募り、『出雲観光の旅』をおこなった(「観光」というタイトルにした理由は会報誌「SILTA」16号で説明している。ご一読願いたい)。折しも4月26日〜6月5日まで出雲民藝館では...

Vol.65 出西窯創立メンバー 多々納弘光さんからのメッセージ

2011年6月23日

「出雲、観光の旅」で私たちは、多々納弘光という出西窯の創立メンバーの一人にお会いすることができた。お会いするだけでなく、ご自宅に招いていただき、民藝とともに生きてきた人の暮しの一端を見せていただき、泰山の書の前で、民藝に...

Vol.64 新垣栄用さんのアラヤチー

2011年5月23日

2011年2月の終わりから3月はじめにかけて、手仕事フォーラムの旅で沖縄へ行ったとき、メンバーを連れて新垣栄用さんのアラヤチー(荒焼)の窯場を訪ねた。飄々とした表情の新垣栄用さんを見て、みんなは非常に親しみを覚えたと思うが...

Vol.63 南房総の竹カゴ

2011年4月28日

先日、手仕事フォーラムのメンバーを同行させて、房総半島の南部を3年ぶりに訪ねた。南房総の竹製品を、4月末に催される出雲民藝館での「日本全国カゴザル展」に出品するための仕入れも兼ねていた。もちろん制作者には、あらかじめ注文書を...

Vol.62 健在な東北の手仕事

2011年3月27日

このたびの東北大地震には私自身大変なショックを受けている。かつては三陸海岸を車で走行したこともあるし、汽車で回ったこともある。あの美しい景観がいっぺんで崩れ、暮らされていた方々も悲惨な状態になってしまったことは...

Vol.61 外村ひろさんのこと

2011年3月7日

「ペリカンピッチャー」や、「木のパン皿」など、もやい工藝のヒット商品にさまざまに介在している女性がいる。ノッティングの椅子敷のつくり手でもある外村ひろさんだ。ひろさんのつくるノッティングは...

Vol.60 吉田桂介さんのこと

2011年1月28日

吉田さんは、今、95歳。結局、柳先生を知る最後に残った同人ということになる。吉田さんとのおつきあいを通して得るものが大きいので、最近は、桂樹舎で手仕事展をやるたびに、ギャラリートークとしての対談をしている...

Vol.59 日置の箕

2011年1月14日

日本民藝館の蒐集品にもなっている日本を代表する手仕事である箕はふたつ。東は岩手県一戸町面岸のニギョウ皮で編まれた箕、そして西は鹿児島県日置市柿の谷の「日置の箕」。丈夫で使いやすい優れた箕として九州一円を席巻していたこの箕も...

Vol.58 蟻川工房 蟻川喜久子さんのこと

2010年12月3日

ホームスパンの蟻川紘直さんについては以前kuno×kunoでも詳しく述べたが、紘直さんが亡くなられてからもう13年になる。紘直さん亡きあと、その意志を継いで工房を担って来られたのが奥さんの喜久子さんである...

Vol.57 小鹿田・坂本浩二君の大皿

2010年10月27日

これまで私の話を聞き書きしてくれていた久野康宏氏が、急遽海外へ出張する事になった。今回はひと月延ばそうかとも思ったが、毎月恒例になっていることなので、今回は番外編として私一人の短いストーリーで進めようと思う...

Vol.56 小石原・太田熊雄さんの大皿

2010年9月29日

この連載記事の第21回で小石原焼、太田哲三さんの師匠であり父でもある、太田熊雄さんとの出会いや、その後のさまざまな関わりについて語った。そして今回、改めて熊雄さんの仕事について追記しようと考えたのは、熊雄さんが制作した...

Vol.55 有田焼・大日窯

2010年8月23日

今回は私よりわずか2歳年上で、若くして亡くなった有田焼大日窯、久保徹(とおる)さんとの出会い、そして関わりについて話をしたい。私はこの窯をなんとか存続させたいと願い...

Vol.54 奥田康博さんから教わったこと

2010年7月28日

35年ほど前、同じ志を抱く仲間とともに、できるだけ安くて丈夫で使えるような物を恵まれない人たちに供給すべく工藝運動に取りかかり、同時に「もやい工藝」を立ち上げようとしている時のことだ...

Vol.53 小鹿田焼、坂本茂木さんの功績

2010年6月30日

この連載記事において坂本茂木さんについて語るのは4回目となる。今年5月16日の引退表明がそれだけ私にとって衝撃的だったのだ。まだ心の整理ができていないが、今回は坂本茂木という存在がいかに大きなものであったかを改めて語りたい...

Vol.52 小鹿田焼、坂本茂木さんの雑器

2010年5月27日

小鹿田焼(おんたやき)のの坂本茂木(しげき)さんに関しては過去に2回紹介してきたが、もちろんそれだけでは人間性と仕事の魅力を語り尽くせない。今年の5月15日に手仕事フォーラムの直営店が福岡県秋月にオープンして...

Vol.51 生田和孝さんの焼きもの

2010年4月30日

つい数日前、2回にわたって京都の河井寛次郎記念館を訪ね、河井の居宅と仕事場を改めて見てみた。とくに今は手仕事フォーラムとしての家づくりに関わっていることもあり、建物のディテールを興味深く観察したのだった...

Vol.50 出西窯 前編「陰山善市さんの丸紋土瓶」

2010年3月30日

私はこの仕事に入って以来、出西窯からの恩恵をずいぶん受けてきた。同時に私もこの窯に対して製品意匠のアイデアをたくさん提供し、製品へのアドバイスもおこなった。15年ほど前までは、...

Vol.49 野田利治の竹細工

2010年2月23日

ここ2年の間に、付き合いの長い竹細工の職人たちが仕事を次々と辞めたり、亡くなられたりしている。この連載記事の第37回で、長崎県平戸島、川渕栄治さんの竹細工を紹介した際も、あと1〜2年は...

Vol.48 宮城正享のやちむん

2010年1月25日

宮城正享(みやぎまさたか)君は沖縄読谷(よみたん)北窯の4人の窯元の一人。私とのつながりは北窯の中で最も古い。いかにも沖縄人らしい顔立ちの宮城君は思いやりのある人。しかし...

Vol.47 Iさんの仕事

2009年12月28日

私は実のところ磁器が大好きだ。そのくせ、なぜかそのつくり手との関係は持続しない。以前、この連載記事の第20回「O君の磁器」で述べた通りだ。磁器という特有の焼物をつくる人が内面に共通して持つ...

Vol.46 湯町窯、福間I士さんの仕事

2009年11月30日

島根県松江市玉湯町では江戸中期から布志名焼という焼物が焼かれてきました。この町の湯町窯は同じ県内の出西窯同様、民藝運動の影響を受け、かつて窯を訪れた河井寛次郎、バーナード・リーチ各氏によって...

Vol.45 松本民芸家具のアカシア小木工

2009年10月28日

近年、再評価され、雑誌を中心にメディアでも脚光を浴びている松本民芸家具。その創始者、池田三四郎さんは家具の新作運動に着手した唯一の民藝関係者だろう。英国家具のよさを取り入れつつ...

Vol.44 宮崎の杞柳細工(きりゅうざいく)

2009年9月23日

これは失敗談であり、残念なストーリーだ。同時にカゴやザル類など編組品に対する新しい提案をどのようにしていくべきか、その道を示してくれた一件である...

Vol.43 楢岡焼の再興

2009年8月25日

江戸時代末期くらいから、秋田県に現在「楢岡陶苑」という正式名をもつ窯、楢岡焼がある。東北には各県に民窯(みんよう)と称される窯があるのだが、民窯といいつつも、農業用の容器を主に焼く窯だ...

Vol.42 三上幸男さんの根曲竹細工

2009年7月28日

青森県津軽、岩木山麓周辺には、昔からアケビ蔓、山ブドウ蔓の皮、イタヤやシナの木などの樹皮、根曲竹(ねまがりだけ)などを用いた農具をつくる人がいたことは民俗誌に記されている...

Vol.41 小谷真三さんのコップ

2009年6月30日

倉敷ガラスの小谷真三(しんぞう)さんを取り上げる本は数多いが、何が美しくて、何がいいのか端的に指摘されていない。小谷さんの生き方を見つめつつ、私なりに小谷ガラスの良さを伝えたいと思う。

Vol.40 小鹿田焼・柳瀬朝夫さんの仕事(後編)

2009年5月28日

柳瀬朝夫さんが過去にどれだけ優れた物をつくっていたかを端的に知るには、最初の日本陶芸展に出品された物を見るのが良い。その後も2回ほど、柳瀬さんをはじめ、小鹿田の陶工は日本陶芸展に出品したが...

Vol.39 柳瀬朝夫さんの仕事・前編

2009年4月30日

第2回日本陶芸展(1973年)の会場で、小鹿田焼の陶工、柳瀬朝夫(やなせあさお)の存在を初めて知った。同じく小鹿田の陶工である坂本茂木さんが出品した大きな壷で最高賞を受賞した時だった...

Vol.38 上平福也さんの竹細工

2009年3月28日

平成になったばかりの頃、日本民藝協会の仕事で全国の手仕事調査を開始した時のことであった。私は岩手県の竹細工を調査する必要があったので、県内をくまなく歩くことになった...

Vol.37 平戸島の竹細工

2009年2月28日

九州では地域別に特徴ある竹細工が見られる。平戸島の竹細工も九州の他の地域とはまったく編み方が異なることに気づいたのは、この仕事に入って間もない頃だった...

Vol.36 失われた手仕事 九州のカゴ編

2009年1月31日

学生時代、私は武蔵野美術大学で宮本常一先生のもとで、民衆が一般に使う暮らしの道具(民具)の収集に携わったことがあった。先生は「あと10年もすれば、日本の社会の中から手仕事でつくられた、こうした暮らしの道具は消えて...

Vol.35 堀越焼のスリ鉢

2008年12月28日

現在発売中の雑誌「ディスカバー・ジャパン2号」(エイ出版)の中で、目黒「クラスカ」の商品企画ディレクター大熊健郎さんが推薦したスリ鉢を目にして刺激を受け、堀越焼を取り上げたくなった...

Vol.34 蟻川紘直 毛織物語

2008年11月27日

私が工藝店経営の仕事に入って間もない頃。盛岡の工藝店「光原社」を訪ねる機会があった。経営陣の一人は6歳上の専務、及川隆二さんだった。光原社の店名は宮沢賢治が命名し、東北を代表する民藝店として名高い...

Vol.33 嶋田窯の半磁器

2008年10月26日

1972年頃、私は「もやい工藝」を設立したばかりで、同僚のメンバーが運転する車で、仕入れや視察のために九州各地を車で回った後、山陰にも足を伸ばした。その際に、最初に立ち寄った窯元が島根県西部の石見(いわみ)地方の嶋田窯...

Vol.32 尾崎利一さんの竹細工

2008年9月28日

私は毎年秋に催される日本民藝館展において、沖縄から青森までさまざまなカゴやザルなどの編組品を集め、出品してきた。日常的な実用品づくりに徹し、自己表現ができず、展覧会に制作した物を出すなど毛頭にも考えていない制作者のかわりに出品をして...

Vol.31 小鹿田焼 坂本茂木さんの仕事

2008年8月22日

坂本茂木さんはさまざまな意味で天分を持った人だ。文学的センス、芸術的センスなど、すべて兼ね合った才能。そういう才能を持つ人は何万人に一人は、必ずどこかにいるものである。茂木さんはたまたまその一人だった...

Vol.30 小鹿田焼 坂本茂木さんの大物

2008年7月31日

坂本茂木(しげき)さんが小鹿田焼の優れた陶工というより、才能を持った工芸家であることを最初に教えてくれたのは、民藝の先達である鈴木繁男さん(柳宗悦の門下生の第一人者であり、漆芸をはじめ、万能な工芸意匠家。希有な審美眼の持ち主)だった...

Vol.29 因州中井窯 坂本章君の仕事 後編

2008年6月27日

その後、2ヶ月に一度の鳥取行きになり、その度ごとに中井窯に立ち寄っては、坂本實男さん、章君にアドバイスしつつ新作品づくりを重ねて1年経ったころ、納得のいく物が出来上がってきたので...

Vol.28 因州中井窯 坂本章君の仕事 前編

2008年6月6日

昭和のはじめ、「民陶」と呼ばれた各地方の窯の製品は周辺農漁村の生活用具としての壺、甕(かめ)類、小物でもせいぜい鰊鉢(にしめばち)、片口、すり鉢などの道具的な器程度の物で、現代のような日用雑器づくりは少なかった...

Vol.27 南薩の竹カゴ

2008年4月27日

日本各地にはかつて竹細工の産地があった。本州の産地といえば、根曲がり竹細工をする青森県岩木山麓、スズ竹の岩手県一戸周辺、篠竹細工をする宮城県岩出山、篠竹が主な新潟県佐渡島真野町周辺...

Vol.26 粕谷完二さんの糠白釉

2008年3月27日

私が日本民藝館展(以下、館展)の運営委員として関わって20年になる。この館展には、入選、準入選、選外という結果に対して、どこが良かったのか、どうして落選したのかなど...

Vol.25 永見窯の器

2008年2月29日

手仕事フォーラムの発起人でもあり、手仕事フォーラムの有力な手伝い人であり、つくり手である永見克久君の仕事を紹介する。

Vol.24 木村三郎さんの焼き物

2008年1月28日

日本各地にはまったく注目もされない、知られざる多くのつくり手がいて、その中に素晴らしい造形力と技術力をもった希有なつくり手がいる。彼らはことさら自分を売りこもうとせずに、ただ注文を受けて黙々と誠実な仕事をしている...

Vol.23 ネズコの曲げ物

2007年12月30日

福島県の奥会津、檜枝岐(ひのえまた)には33年前、車の免許を取得して間もない頃、初めて訪れた。それ以前にも民藝関係の書物で檜枝岐という地名を目にしていたし学生時代に宮本常一先生の研究会に参加して...

Vol.22 ニギョウのカゴ

2007年11月29日

私が日本民藝館展(以下、館展)に携わってちょうど30年になる。昭和47年(1972年)にこの仕事に入って、しばらくしてから日本民藝館を頻繁に訪ねて展示を見に行くようになった...

Vol.21 小石原焼の太田ファミリー

2007年10月22日

昭和47(1973)年のこと。学生時代の友人が陶芸家になるための修行で、小石原焼、太田熊雄窯に修行で入っていることもあって、当時、この仕事に入ったばかりの私は、まずその窯を訪ねてみようと目指した...

Vol.20 O君の磁器

2007年9月22日

今回は盛岡郊外で磁器の焼き物をつくっている陶房の仕事を紹介しよう。O君とEさんの夫婦が営む小さな工房だ。ただし、今回取り上げる良品は、現在進行形の仕事ではない...

Vol.19 照屋佳信さんのやちむん

2007年8月24日

平成5(1993)年、私は沖縄の焼き物のつくり手、山田真萬さんと那覇市の壺屋を回った。手仕事日本展に出品する沖縄のやちむん(焼き物)を探していたのだ。当時の私が関わっていた、やちむんは山田真萬さんの物だけだった...

Vol.18 久慈の苦竹カゴ

2007年7月27日

日本民藝館の蔵品の中に「横駄カゴ」という素晴らしいカゴがある。これは今の時代で言えば、コンテナのような役割の大きなカゴで、岩手県の北東部、三陸海岸を臨む港町、久慈でつくられていた...

Vol.17 坂本浩二君の大きな壷

2007年6月28日

小鹿田(おんた)焼の窯元に足を運ぶようになって33年になる。仕事に入った当初から、小鹿田の3人のつくり手(窯元)坂本茂木さん、柳瀬朝夫さん、黒木力さんを注目していた...

Vol.16 水俣のカゴ

2007年5月21日

昭和48年末、この仕事を始めて間もない頃、ようやく車の免許を取って、単独の車での最初の旅が九州であった。川崎からカーフェリーに乗り、26時間かけて宮崎に到達。宮崎で数泊してから鹿児島の龍門司焼の窯を訪ね..

Vol.15 島根の洋皿

2007年4月23日

島根県邇摩郡温泉津町(にまぐん ゆのつまち)に、森山雅夫さんという陶工がいる。河井寛次郎さんの最後のお弟子さんであり、修行していた時に、「いいつくり手よりもまず立派な人間になれ」と教えられた...

Vol.14 氷見の箕

2007年3月26日

平成12年(2000年)、日本民藝協会が「手仕事の日本展」を金沢で初めて開催するにあたって、周辺の手仕事を探ろうということになった。実はその8年前、私は金沢市周辺で箕(み)の製作者を探しまわったことがあった...

Vol.13 沖縄・北窯のやちむん

2007年2月26日

沖縄の読谷村を僕が初めて訪ねたのは24年ほど前。それまでは、沖縄の焼き物(やちむん)に私自身が関わるのは少し抵抗があった。学生時代の社会問題を考えると、後ろめたさを覚えて、なんとなく沖縄には行きづらかったのだ...

Vol.12 佐渡島の裂き織(さきおり)

2007年1月29日

私が武蔵野美術大学(通称、武蔵美)に入学して間もなく(1968年)、宮本常一先生の生活文化研究会に私は出入りするようになった。その頃、諸先輩が宮本先生からテーマを与えられて各地へ旅をしていた...

Vol.11 中川原信一さんのあけび蔓編細工

2006年12月28日

あけび蔓(つる)細工のつくり手、中川原信一さんの父、中川原十郎さんに出会ったのは、33年ほど前、民藝店を始めようと思い、全国各所を回っている時だった。その時期(昭和47年)に新宿の小田急デパートで「秋田県の観光と物産展」をやっていて足を運んだ...

Vol.10 龍門司焼のコロ茶碗

2006年11月24日

松本民藝家具の創始者、池田三四郎に託された見本をもとに、龍門司焼の新作飯碗ができた。それから間もなくその飯碗を携え上京した、つくり手の川原史郎を連れ立って、日本民藝館に田中洋子さん(現在は擁子さん)を訪ねた...

Vol.9 龍門司焼の飯碗

2006年10月31日

私がこの民藝の仕事に入ったのは昭和47年。その頃、全国の民窯(みんよう)地図の、鹿児島県には苗代川と龍門司という2つの窯が載っていて、独特の名称に惹かれたものだった...

Vol.8 イタヤのカゴ

2006年9月22日

戦前の日本の手仕事を網羅した、柳宗悦の著書「手仕事の日本」。この本が発刊してから60年経ち、その後の日本の手仕事の現状を日本民藝協会として探ってみようという話があったのは1990年のことだった...

Vol.7 山葡萄の樹皮細工

2006年8月24日

1971年8月、夏休の一ヶ月間、宮本常一先生の生活文化研究会に属し、民俗の勉強をしていた学生の私はゼミの仲間とともに能登半島で民俗調査をおこなった。毎晩のように議論を熱く交わしたため疲れていたが...

Vol.6 白木のパン皿

2006年7月30日

私自身が木工品を推薦する場合、好みもあるが、だいたいが拭き漆(うるし)をほどこした物となる。これは木地面に生漆を薄く塗りつけて、布で拭き取りながら丹念に磨いていく手法だ...

Vol.5 北薩地方の山行き篭

2006年6月29日

私が民藝の世界に入って間もない33年前の1973年、熊本にある民藝館(現在も存在する)を訪ねたときのこと。そこに展示されていた熊本県球磨(たま)地方、五木(いつき)の里でつくられていた背負い篭「つづらテゴ」に魅せられた...

Vol.4 奥原硝子の再生硝子

2006年5月18日

沖縄那覇市の中心街に工房を移した奥原硝子が最近、注目を集めている。その理由のひとつは再生ガラスを素材とする、ガラス器をつくり続けていることが、リサイクルという観点で評価されているからであろう...

Vol.3 ナバテボ

2006年4月26日

1996年より鳥取民藝美術館の美術顧問として展示する仕事を引受けた。一回のテーマごと約250〜300点ほど、年3〜4回プロデュースすることとなった選択の際に参考としたのは蔵品目録に加えて、1992年発行の本「鳥取民藝美術館」...

Vol.2 小鹿田焼の飛び鉋

2006年3月3日

たとえば茶碗や皿の場合、胎土(素地そのもの)を成形し終えてから、高台(底に付けられる台)のかたちをつくる。その際に用いる道具が鉄製の鉋(かんな)で、土が半乾きの状態で表面を削り落としていく...

Vol.1 小鹿田焼のウルカ壷

2006年2月10日

大分県日田(ひた)市の北。福岡県との県境に近い山中に小鹿田(おんだ)皿山と呼ばれる集落がある(皿山とは北九州地域で窯場を指す)。長男が継ぐ世襲制をとっているため、現在、窯元は10軒のみ...