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Kuno×Kunoの手仕事良品

小鹿田焼、坂本茂木さんの雑器

小鹿田焼、坂本茂木さんの雑器

2010年5月27日
大分県日田市皿山
語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:久野康宏

引退宣言

 小鹿田焼(おんたやき)の坂本茂木(しげき)さんに関しては過去に2回紹介してきたが、もちろんそれだけでは人間性と仕事の魅力を語り尽くせない。

 今年の5月15日に手仕事フォーラムの直営店が福岡県秋月にオープンして、茂木さんも駆けつけてくれてお祝いすることになっていた。ところが孫の創(そう)君が鳥取の民藝的陶芸家、山本教行(のりゆき)の元で2年ほど修行して、3月末で終了。4月1日から後継者として小鹿田で仕事を始めた。ロクロは各窯元には2台しか無いので、息子の工(たくみ)君と孫の創(つくる)君が使うため、老陶工である茂木さんがロクロの前に立てず、隠居することに。そのことは前からわかってはいたのだが、隠居といっても彼が焼きものづくりに関わる何らかの手立てがあるのかなと淡い希望を抱いていた。

 奇しくも5月15日には、かつては茂木さんの窯、現在は息子、工(たくみ)さんの窯の火入れの日となり、茂木さんは立ち会わないといけなくなった。火入れの際のあぶり焚きは午前4時に起きて茂木さんがおこなうのが、このところの工窯の習わしになっていたからだ。そのため開店当日は行くことができなくなったと連絡があり、私はがっかりした。

 しかし、その翌日の16日には参列者のみんなで小鹿田を訪ねることにした。朝10時頃に着くと、皿山のそば茶屋で茂木さんはすでに待ち構えていた。そこで茂木さんとともに盛り上がってから解散式をしようということに。

 その場には倉敷ガラスの小谷真三さんも来て、茂木さんを囲んで20数人集まったのだが、茂木さんは突然「今日この日をもって私は焼きものを辞める」と引退声明をした。私は非常に驚いた。辞めることはわかってはいたが、本人の口から何らかの形で手伝ってみたいとか、いろいろなことをやっていきたいという言葉が多少なりとも出るのかと思っていた。

 だが、本人は金輪際ロクロには向かわない。土をこしらえたり、水の加減を見る、焚き物を運ぶなど雑用はするが、焼きものには触らないと断言したのだ。

「自分にとって記念すべき日に手仕事フォーラムの皆さんに来ていただいた。この皿山の近くに皆さんの直営店がオープンしたのも何かの縁でしょう」と茂木さん。その言葉を聞いて、私の他、柳瀬朝夫さん、坂本浩二君、小谷真三さんは全員涙ぐんだ。とくに隣に立つ、あーちゃんこと朝夫さんが涙を浮かべているのを目にした時、強く感じるものがあった。彼があれほど落ち込む姿を見るのは初めてだったので「あーちゃんはやっぱり茂木さんのことが好きだったし、尊敬していたのだな」と思った。

 浩二君もいちばんのつくり手として尊敬していた人が自ら引退宣言をしたことは衝撃を受けた様子。また、茂木さんと年齢が近い小谷さんは一人で仕事をしているから、80歳を越えた今も仕事を続けられるけれども、「民藝」の中で茂木さんという精神的な支えを失うように感じ、ショックを受けていたようだ。 

 ひとつの時代が終焉したと私は感じた。茂木さんは私が今まで生きてきた中で大きな影響力を与えてくれたつくり手。もっとも多くを教わった鈴木繁男さんは「坂本茂木こそ現代の民藝の力だ。常に健全な道を歩んできた小鹿田の中でいちばんのつくり手であり、日本民藝館あるいは柳宗悦の民藝に仕事として結果を出してくれたのは坂本茂木だった。彼に影響されて小鹿田の他の陶工も無意識のうちに健全な仕事の道を歩んで来た。そうした仕事があったおかげで民藝が現在まで存続できたのだ」と絶賛していた。

 私はこの仕事に入って40数年だが、茂木さんと知り合って34〜35年になり、常にこの人を意識して生きてきた。私に物の見方を教えてくれた池田三四郎さんにしても、坂本茂木さんのことは人間性も含めて運動の大きな推進力、シンボル的なものがあると話していた。だから、この人が自ら引退宣言をしたのは実に衝撃的なことなのだ。

小鹿田の峠のそば茶屋にて突然、引退声明を発した坂本茂木さん。
昭和12年生まれの73歳。
老陶工として依然、活躍の場はあるはずなのに、小鹿田という共同体としての不文律は残念ながら存在するため、身をひかれた
(撮影/大部優美)

物を見る

 今回は私が日常的に愛用してきた物を中心に、茂木さんが手がけた日用雑器を見せつつ、どこが優れているのかを解説していきたい。

 ちなみにフォーラムメンバーの横山正夫さんが「昔の物 今の物」という連載記事を書いているが、この記事でもっとも登場するのは茂木さんの焼きもの。なぜなら彼の製品には昔の物のよさを伝える力があるからだ。つくり、造形、文様、技術のことを他と比較しながら、茂木さんの製品がさまざまに出てくるので、この記事を読み返してもらえれば、彼がどれほど素晴らしいつくり手であったかがわかると思う。

 茂木さんはとりわけ優れた大きな物をつくり、造形的に類い希なセンスを持っている。また、人間的にも破天荒に生きていきながらも、話す言葉の端々から芸術的センスがにじみ出てきている。そんな魅力を断片的にみんなが知るからこそ友達も多かったし、茂木さんを頼る人が多かった。

 これはDNAとか血統とかではなくて、坂本茂木という人間のもつ才覚だと思う。その才覚を本人はあまり気がついていなかったのが、いかにも民藝の世界に生きる人間らしい。

 日本の民藝という名前、かたちが出来上がって60年くらいだが、その過程で傑出したつくり手の沖縄、金城次郎は特別な工人だが、坂本茂木、小谷真三の両名こそが日本の民藝の世界では突出して優れたつくり手であって、無意識のうち感覚的に民藝の精神をきちんとおさえて物をつくってきたのだ。

小谷真三さんが「秋月」オープンのお祝いに贈ってくれた吹きガラスのぐい呑み。
かたちは坂本茂木さんの盃から取ったという。
「久野ちゃん(私)がおいしい冷酒はガラスで呑むのがいちばんだと言っていた。
それからはその言葉を意識してガラスの盃を吹くようになった。
何を見本にしようかと考えていたら、久野ちゃんが盛岡の光原社で九州の展覧会を催した時に、
茂木さんのぐい呑みがいちばんいいとワシに言うたもんだから、最初はぐい呑みに取りかかった。
今回、茂木さんと会うことができるからと、当時のことを思い出して、
もう一度ていねいに吹いてみたんだよ」と僕に会ったとたん、嬉しそうに手渡してくれた
(撮影/副島秀雄)

左端は本来のかたちをした盃。
茂木さんは沖縄に行って金城次郎さんに感化され、イッチン文様をやってみたかったのだろう。
他にも刷毛引きや青土釉を掛けた物など、これら一連の盃のかたち、還元がかった風情が実にいい

盃の延長線上にこれらのぐい呑みがある。
鹿児島の龍門司焼で茂木さんがつくった。中央は上側だけにちょっと刷毛を打って飴釉を掛けている。
右端のやや大きな刷毛引きのぐい呑みは仕上がりがとてもきれい

もやい工藝開店の時、お祝いに配るために焼酎呑みの器をつくりたかった。
茂木さんに細長いかたちでつくってくれと頼んだら、こんな製品になった。
右は普通だったら全面に刷毛を打つところだが、あえて上下に分けてつくった。
これが茂木さんらしさ

茂木さんがヨーロッパを旅したことがあった。
帰国して最初の窯でワイングラスをつくった

茂木さんの湯呑みのかたちは濱田型とよく言われが、濱田庄司の影響を強く受けていることは確かだ。
ところが濱田のかたちをつくったからといって、濱田の物になるわけではない。
小鹿田の陶土特有の質によって、似たような物をつくってもいかにも小鹿田の物になってしまう。
茂木さんはそのつくりが上手。湯呑みのポイントとなる縁の反り返しや高台の削りが抜群である。
頻繁に手がけていても時代により、いろいろとかたちが変わってくることを、これら一連の湯呑みから見て取れる。

私がいちばん好きなのが、この壺型をした湯呑み。
定番として30年は経つ。これは線描きを施した枠の中に飛び鉋文様を入れている。
普通ならば全面に打ちたがるところだ

同じ飛び鉋の湯呑みでも鉋の雰囲気が硬かったり柔らかかったりと、偶然生まれた文様が見られる。
それは作家が狙ってもできない文様。自然の登り窯だからこそできる、火の作用がもたらした文様だ。
造形もかっちりとしていて肩が上がり、腰が張った濱田型からスレンダーな物などさまざま

刷毛を上下に分けて打った湯呑み。
斜めのラインと縦のラインの仕草がおもしろいが、そういったことをパパッとてらい無くやってしまうのが茂木さん。
右の大振りな湯呑みは私が愛用していた

濱田型の刷毛目湯呑み。縦方向ではなく、やや斜めに刷毛を打っている。
左の湯呑みには鉋を当てた時、不意に削れてしまった部分が見られる。
わざと狙ってやったのではなく嫌みは無い。
こういう所に茂木さんのユニークさが露呈している。
右はごく最近制作した製品。高台の削りが厚くなってきている。
年を取るとこんな風になってしまう。悪い例だけれども、焼き上がりのきれいさとぼんやりとした模様の出方がまたおもしろい。
こういう雑器の製品の中に作品的なおもしろさがたくさん見出せる。

 作家の場合は作品を1個ずつつくる。
だから民藝派作家と称する人は1個の湯呑みを3000円、5000円で当たり前のように売っている。
それは作品的につくった物。茂木さんにとって湯呑みは製品なので200〜300個以上はつくらないといけない。
その中に意図的に狙った作品よりもはるかに優れた物が生まれる。
これをなんとか自分の中に入れようとしてできた作家は濱田庄司のみ。
河井寛次郎はそれを自分ができないと認識していたので独自の世界をつくった。
そのことを今の若い作家は認識しないといけない。

繰り返し手がけながらも、作品的な要素を合わせもつ製品をつくれるセンスがあれば、
おもしろい物が出来上がってくるのである

左は還元がかかっている。一番窯で炊いた時に時々こういう蒸れたような状態に仕上がる。
茂木さん最盛期の、仕事が上手な時の製品。右はやや荒っぽい仕事

やや開いたかたちの湯呑みもつくる

たっぷりとしたかたち。腰に線描き(千段巻き)して、飴釉を掛けている。
これは武内晴二郎(たけうちせいじろう)という倉敷の陶芸家が得意とした湯呑みをヒントに制作。
武内は呉須釉で切立(きったち)のかたちでつくったのだが、茂木さんは使いやすい大ぶりのかたちにアレンジ。
これも私が大好きな湯呑みのひとつ

白く染め分けした濱田型湯呑み。これも私が大事に使っていた。
何気ない風情だけど、お茶がおいしく飲める

寿司屋で出すような大きな湯呑みを発注した。
飴と青の釉薬を流し掛けているのがおもしろい。
これも濱田がよくやった文様を茂木さんが自分なりに施した。
この湯呑みを見ても、彼が濱田に憧れていたことがわかる

俗に言う汲み出し茶碗。
この茶碗は通常、丸みを帯びたひとつのスタイルが確立されていて、
かたちの差は無いのだが、茂木さんがつくるとどこか骨格を感じられる。
ピシッとしていてきれい。内面で釉薬がずれているのもおもしろい

睡蓮鉢型の汲み出し茶碗。
鉢の丸くて大きく深いかたちを半分に割った半胴甕(はんどうがめ)から造形的ヒントを得て、
化粧掛けをした上に釉薬を流し掛けている。
私はこれが大好きで、左は茂木さんが大事に保管していた物をもらった。
右は鈴木繁男さんから「これはいい湯呑みだから」と譲ってもらった物。
鈴木さんもこの茶碗がお気に入りだったと知り、非常に嬉しかった

茂木さんは急須づくりも上手だった。
骨格があり、注ぎ口、かぶせ蓋のサイズとつまみ、把手の角度、
つくり全体がまさに工藝とはこういうものと物語る、使いやすいかたちだ

小鹿田伝統の青土瓶。注ぎ口のかたちに注目を。
ピシッとしていながらも人間的な温かみのあるかたちだ。
鈴木繁男さんは「小鹿田の命はここにあるのだ」と言っていた

茂木さんが沖縄から帰って来て小鹿田伝統のご飯茶碗に付けた文様。
いっちん文様と呼ばれる筒描き。かたちも沖縄の影響を受けている

飯椀さまざま。最初に小鹿田でつくられた飯椀のかたちは左から2番目といわれる。
有田焼のご飯茶碗はこのようにペラッとしたかたちをしている。
有田焼を真似しながらも茂木さんなりにアレンジしたのが飛び鉋文様の飯椀。
すっきりしたかたちがいい。左から3番目は腰にふくらみを持たせた物。
私はこれを愛用していた。蛇の目傘が開くように打たれた刷毛目が美しい。
右端はやや深めにつくってもらった物。
やや還元がかかって曇っているけれど、非常にいいかたち

いわゆる煎茶茶碗。飛び鉋文様が活き活きとしていい

茂木さんの父が80歳代に這ってロクロ台に土を載せてつくった片口。
昭和40年代はじめに濱田庄司が褒めて、日本民藝館展賞を受賞したこともある。
この化粧土は小鹿田の昔ながらの土。重たいし下手なのだが、どこか人間的な風情がある。
茂木さんからもらって大事に保管している

茂木さんの晩年作。つい最近、紅茶碗のかたちをした大振りなマグカップをつくった。

普通は飛び鉋を鉢に施す場合、このように枠の中に入れることはあまりしない。
こういう所に茂木さんの芸術性を感じる。ただ飛び鉋を打つのではなくて、線描きの中に飛び鉋をスパッと入れている。
非常におもしろい模様となっている。これが手慣れてさまざまな器にこの文様を取り入れ、私は注文していった

茂木さんは作家ではないのに、私の母が勝手に
油滴天目(ゆてきてんもく)茶碗を好きなのでつくってほしいと頼んだ。
彼には茶心など皆無なのだが、茶碗のかたちそのものがしっかりしていてよい。
さすが茂木さんである

私が注文したご飯茶碗

湯呑みをそのまま縮めてぐい呑みをつくってもらった

前回の(茂木さん最後の)窯出しの製品

茂木さんがつくる物との初めての出合いは、右の刷毛引きの湯呑みで、
もう少したっぷりとした濱田型の藁引き湯呑みだった。
それが日本民藝館展のB入選として売られていたのを買ったのだった。
マイ湯呑みとしてずっと使っていたが、使い込みすぎて割ってしまい残念だったので、
その思い出でつくってもらった物。左はただ白くした物

この片口は九州のかたちではない。
茂木さんがおそらく本州のどこかの窯の造形を取り入れたのだろう。
茂木さんのつくる物は真似でも骨格が感じられる