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Kuno×Kunoの手仕事良品

小鹿田・坂本浩二君の大皿

小鹿田・坂本浩二君の大皿

2010年10月27日
大分県日田市
語り手:久野恵一 / 監修:後藤薫

 57回目の「Kuno×Kuno」。
 これまで私の話を聞き書きしてくれていた久野康宏氏が、急遽海外へ出張する事になった。今回はひと月延ばそうかとも思ったが、毎月恒例になっていることなので、今回は番外編として私一人の短いストーリーで進めようと思う。
 少し余談になるが、私は常々各方面の方々から、「いい息子さんが継いでくれて良かったですね」という言葉をかけられる。久野康宏さんのことを私の息子だと思われるかたが多いのだが、久野康宏氏はたまたま名字が同じだけで、全くの他人。彼は葉山在住のフリーライターの方である。

 さて、今回、番外編というかたちをとってでも私が「Kuno×Kuno」を語ろうと思ったのには理由がある。
 実は今日、小鹿田焼から荷物が届いたのであるが、荷解きをしてみると、中から二尺の皿が3枚、完全品で出てきたのだ。9月末の共同窯窯出しでできあがった大皿である。
 前回の「Kuno×Kuno」で小石原焼故太田熊雄氏の大皿を紹介したとき、小鹿田焼も含めた「皿づくりの姿」を述べたのだが、今、坂本浩二君の大皿を目にして、この二尺皿についての説明をしたくなったのだ。

 これほどの大皿をひけるのは小鹿田焼ではただ一人。もちろん坂本浩二君以外にはいない。太田熊雄さんのところでも述べたが、大皿は一本引きなら尺五寸(45cm)が限界。それより大きくするには、尺五寸皿にしたあと半乾きにし、そこから紐でまわしてつぎ、さらにつば縁をもたせることではじめて可能となる。
 この度の二尺皿(60cm)は、小鹿田焼では本来つくるものではないのだが、アメリカ・ボストンにあるパッカーギャラリーからのスペシャルオーダーがあったため、無理を言って、浩二君につくるよう頼んだものであった。
 文様は、同じくパッカーからの依頼で、昔、坂本茂木氏がつくった大皿を模したものだが、普通、これほどの大皿だと数回の窯出しで1枚でもとれればいいほうなのだ。3枚つくって3枚とも完全品でとれたというのはまったく驚きである。しかも軽い。裏を返してみても、大皿づくりをする際によくみられるような、カンナの削り出しによる薄づくりではなく、高台から腰に至るまでのわずかな削りのほかは、ひいたままの姿であった。
 小鹿田焼の陶質は焼き上がると約22%強縮む。ということは、二尺の大皿ならば、二尺五寸六分(約77cm)以上のものをつくらなければならない。
 これほどの大きなものを挽く技は、単に技術を習得するばかりではなく、つくり手個人のもつ素質によるところが大きい。
 簡単にとは言わないが、これほどの大皿をひき、なおかつ用に即したものに仕上げたことは、彼自身にとっても大いに意味があることだし、小鹿田焼の伝統の力を見せるという上でも、この二尺皿のもつ意義は極めて深いと思うのだ。
 ただし、坂本茂木さんの皿づくりとは、本質的な関わり方の相違があることは言っておかなければならない。茂木さんの皿は、素朴で骨っぽく、できあがったものには人の心を動揺させるほどの力強さがある。これは茂木さんが持って生まれた芸術的センスの現れであろう。これに対し浩二君のこの皿はきちんと仕上がっているし、丁寧なつくりは一目瞭然である。彼の性格からしても、このようなつくりは今後も継続していくだろうし、現代では、浩二君のような仕事ぶりが光彩を放つことは確かである。
 「もう少しつくりに余裕がでてきたら最高のものになるだろう」とつぶやきつつ、私はますますこの大皿にのめり込んでいくのだ。