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Kuno×Kunoの手仕事良品

小谷栄次さんの宙吹き硝子

小谷栄次さんの宙吹き硝子

2014年2月19日
語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏

ガラスの難しさ

 小谷真三さんは日本の手仕事のガラスの分野におけるリーダーであるし、パイオニアだ。そんな真三さんも83歳になり、後継者のことを皆が心配している。真三さんのような仕事ぶりをそのまま続けさせていけるかどうか、とても心配しているのだ。息子さんである栄次さんに、その期待がかかり、彼としてはつらいところだろう。
 ガラス製品は寸法通りにつくるときも、眼の感覚で成形するしかない。吹き種を竿に取ってかたちを整えたあと、次の工程まで2分間さらすと割れてしまう。2分の間にすべてをつくっておかないと駄目になってしまうきわどい宿命がある。
 そういう状況のなかで規格品をつくるには、数を繰り返し、繰り返しつくらないと技術を会得できない。しかも寸法を測れないため勘でつくるしかない。それでつくり手は俗に言う「型吹き」という技法に頼ることになる。型の枠のなかに径を収めて吹いていくのだ。
 しかし、この型も底の径と上の径が違う。ガラスは自由な仕事ができるかわりに規格化していくのが難しい仕事である。そのため、ガラス製品を手仕事でつくる難しさがこれまであって、一般に現代のガラス製品のほとんどが工業製品である。ガラスの手仕事は焼き物ほど広がっていかないため、ガラス作家がどんどん出てきても、一般的な食器類は工業製品にならざるを得ない。

写真:菊地眞幸

老年期の小谷真三さん

 そういうなかで小谷さんが民藝の世界でガラスを広げてくれたことは大きな功績があり、私たちの暮らしをとても豊かにしてくれた。大変なありがたい存在である。しかし、小谷さんも高齢となり、それほど長く仕事ができる年齢ではない。どんなに頑張ってもあと数年だと思う。
 そういうことで小谷さんには、私たち手仕事フォーラムの直営店「秋月」にもうしばらくすると完成する工房で、最老年期の仕事を少しやっていただくことになった。その工房を小谷さんが仕事を終えた後にどうするか、誰かが吹かないといけない。工房のすぐ近くに太田潤君という誠実なガラスの手仕事をする若者もいる。しかし、同じような窯で吹けるとしたら、息子さんの栄次さん以外にいない。栄次さんには期待をして、この仕事に関わってもらいたいと考えている。

写真:菊地眞幸

職人の親子関係

 栄次さんのことは知られていない部分がある。それはやはり、父親があまりにも偉大ということ。そういう意味では栄次さんには気の毒な存在でもある。5〜6年前までは真三さんが力強く、元気よく仕事をしていたものだから、栄次さんは陰に隠れた存在で、独自の路線をとるというかたちでなんとなく親子でありながら、それぞれが離れた位置で仕事をしていた。これは職人の親子関係でありがちなこと。仕事場は互いに近くなのだが、精神的な部分で離れて仕事をしている。
 しかし父親の年齢の衰えを、すぐそばにいて感じているためか、栄次さんはこのところ父親にとても協力的になってきた。父親を大事にしていかなくてはという姿勢が表れてきたのは、栄次さんも歳をとったということと、このまま父親の仕事の状態をなんとか伸ばしていきたいという心があるからなのだろう。
 栄次さんが真三さんの跡を継ぐように仕事をしていることは全国的に知られている。栄次さんは長男なのだが、名前の印象から、私ははじめ長男だと思わなかった。この名前には真三さんの想いがこめられている。長男が仕事を継いで欲しいと願うものの、長男に何かがあると、期待するあまりに落胆してしまうことから「次」という名前にしたのだという。このことが栄次さんにしては心外だったようだ。私が栄次さんと知り合ったころは多少、親子の関係がギクシャクしたところがあった。
 栄次さんはなんとなく、自然的に父親の仕事を受けて継続する道に入ってきた。当初は直弟子、内弟子となるのだが、この仕事は手取り足取りではなくて、横で見ながら覚えるしかない。そうしながら栄次さんは仕事の方向性をつくっていった。この修練の時期には同じ物を数多くつくらないといけない。そうしないと仕事は覚えない。この頃、ガラスの仕事に携わっている人たちはいろいろな物を吹かないといけないから、最初からさまざまな物に取り組んでしまいため、同一性の仕事についてはとても弱い。  
 ところが栄次さんの場合は、真三さんがやっている仕事の下請け的な仕事を任されて小皿、小鉢、中鉢を吹いていた。その吹いた物は真三さんが吹いた物として世に出ていた。この下請け的仕事を栄次さんは10数年続けていたと思う。一日あたりにコップが40個以上とか、小鉢は30個の数が吹けるようになって初めて一人前と真三さんから認められる。それから自身の方向性をもち、この仕事に入っていったのだった。

誠実な仕事

 栄次さんは真三さんのような奔放さがなく、誠実なところがある。本人も寡黙だ。誠実な栄次さんは、規格的な仕事にかけてはとても上手だし、同じかたちの物をきちんとつくっていける。そういう意味では職人タイプなのである。ただ、仕事がていねいなため、量があまりできない。これはガラスを吹く人は同じような傾向が見られるけれど、職人でありながらも、ていねいさを求めていくところに栄次さんの仕事ぶりがある。
 真三さんは自分では「下手くそ」だと言うけれど、その裏側には1日3,000個もクリスマス・ツリーのガラス玉を何年も吹いてきたという実績がある。その実績の裏付けにおいて自分の自由性を創り上げていくのが真三さんの凄さ。それから持って生まれた感性の豊かさが真三さんにはある。
栄次さんが気の毒なのは、そういう個性があまり感じられない。ただ、個性を上回る誠実さがある。その誠実さで仕事をしていくことが逆に、栄次さんの個性となってきている。同じような窯の構造、同じような材料で同じような瓶をつくりながらも、どうも真三さんとは違う物ができてくるのは、個性だと思う。

無意識に遊べるか?

 真三さんは、ひとつひとつの製品が作品的要素を持つところがある。そのためにファンがたくさんいるのだ。栄次さんは作品をつくっても製品的な要素が強い。規格的なかたちになり、仕事が堅い印象を受けるのだ。手仕事の堅さがとても前面に出てくる。この点が真三ファンから見れば、やや物足りなさを感じる。しかし、一般に使うユーザーから見れば、栄次さんは手仕事による規格的な物をきちんとできるつくり手と眼に映る。
 だから、どちらを取るかという話になるだろう。ただ、民藝のファンはおおむね風情をとても求めるため、どうしても真三さんの方に眼がいく。
 栄次さんにこれから求められてくるのは、真三さんがしてきた仕事のなかの「遊び」とか自由性みたいなもの、意識ではなく、無意識の状態が出てくるということだと思う。これはとても難しい部分だと思う。ただ、父親から代替わりしたときには栄次さんもそれなりの年齢になるだろうし、横でずっと父親の仕事を見てきたから、どういう状態でどういう物が吹けるかはわかっているはず。だから期待できると思う。
 真三さんと違って、規格的な物がきちんとできるということは、仕事の量が守られていけば、ていねいな仕事を維持できるということ。ただし、量を求めるのはつらいかもしれない。その部分はなかなか大変だなと思う。

継ぐべき者

 真三さんの仕事を見ていてわかるのは、ガラス製品づくりは、手の仕事というよりも、口の仕事、息吹(いきぶき)なのだ。息の具合と手の動かしかたによって物のかたちをわずか2分の間につくらないといけない。ある意味ではとても厳しい世界である。
 真三さんは大学でガラスのことを教えるようになると、自分の極意を披露してしまうため、生徒たちが、どんどんガラス作家として世に出てきて、真三さんの真似をするケースが増えてきている。しかも、その値段は真三さんの製品より安いためけっこう売れている。真三さんを語るようなかたちで、真三さんの模倣品をつくりながら生きている人たちもいるのだ。
 しかし、こういう人たちが出てくるのは、良いか悪いかは別にして、やむを得ないこと。真三さんが長い間苦労して培った部分を安い値段で大量につくっていくことは問題ない。ただ、苦労したものは後継者がきちんと受け継いでいかないといけない。栄次さんがこの仕事をきちんとつないでいくように私たちが関わっていかないといけないと思う。
 そのためには、真三さんが仕事をしている間は私たちもその良さを栄次さんに伝えるようなことはしない方がいい。むしろ栄次さん自身で汲み取って行く方がいいと思う。
 しかし、真三さんの仕事が絶えてしまったときには逆に真三さんの優れた息吹や作法を横から見て、第三者的な目線で見ることができる人が栄次さんに伝えていくことも必要だと思う。
 ただし、ガラスが焼き物と違って難しいのは造形の結果が翌朝には如実に出てきてしまうこと。吹いた物が翌朝にはすぐに結果として出てくる。これがガラスのとても難しい宿命なのだ。

心を捉える

 栄次さんの今後の仕事ぶりのなかに、真三さんのしてきた仕事をどうきちんと捉えていくか、心の根っこで捉えているのか、表層で捉えているのか、という大きな課題がある。栄次さんのこれからの生き方はそういう意味でとても難しいと思う。真三さんの跡を継いだというかたちになると、多くの人は真三さん的な仕事を彼に期待する。しかし、その重荷は個人で解決できないもの。解決するには自分でやはり真三さんの内実をどう汲み取れるかということ。具体的には口の息吹や作法がポイントになると思う。   
 それからもうひとつは仕事への取り組みかたも大事になるだろう。さまざまな要望に対してどう応えていくかということ。
 こういう課題を、かなりの年齢になった栄次さんがまた再び負わないといけないというのはつらいと思う。父親があまりにも偉大だった。偉大な父親の下に生まれた人の仕事の成果を周囲の人たちは常識的に期待する。その期待の重みに対して、どうそれをはねのけながら独自の道を歩めるか。しかし、独自の道を歩もうとしても、常に真三さんのつくった物がファンの人たちの眼には浮かんでいる。とはいえ、あと20〜30年もすれば、真三さん仕事は断片的な記憶となり、今度は栄次さんの仕事に焦点が当たっていくことになると思う。ただ、そのときに、それだけで満足するのではなくて、父親が残してきた仕事、父親の想いみたいなものも捉えてほしい。
 真三さんは古い優れた仕事のものをきちんと見て、自分で消化しながらつくってきた。真三さんが見てきた元になる物を、栄次さんも立ち返り見ながら自分で会得していく方向に進む。これが今後の道になると思う。
 優れた良い物をもう一度見て、父親が育ったように、自分ももう一度再考しながら仕事をしていってもらいたい。
 誠実な仕事ぶりは他の人よりはるかに優れている。ていねいさにおいても彼の仕事は秀でている。そのことの利点を活かしていければ、まだまだガラスの世界で小谷ガラスの伝統を継承していくだけの力があると思うし、期待したい。