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抹茶碗

和時計

2016年11月23日
語り手:横山正夫

 和時計とは、江戸時代に日本で製造された機械式時計です。ご存じの通り、日本では明治5年まで月の周期を基準とした太陰暦を使用してきました。この太陰暦に合わせて時刻を表示する機械時計として日本独自の発達を遂げたのが、和時計です。太陰暦は、一日を24時間に均等に割り振る定時法(太陽暦)と異なり、一日を昼と夜に分け、これをそれぞれ6等分して、時刻を表します。昼と夜の長さは、日々異なります。そのため、これを器械時計で表示することは現代の定時法の時計に比べ、遙かに難しかったと思われます。それでも我々の祖先は工夫を凝らし、一丁テンプの単純な構造の時計からより複雑な二丁テンプの時計へと、不定時法に対応すべく努力を重ねました。
 しかし、明治6年太陽暦の施行により、和時計は無用の物となりました。江戸初期より職人が一つ一つの歯車を手作りして作り上げた和時計は見捨てられることとなりましたが、その多くが外国人の手によって、工芸品として、国外に持ち出されました。
 このような国内の状況の中で、和時計を工芸品の美として取り上げたのが、雑誌「工藝第八六号」です。そこでは、時計の名称から、種類、構造等々和時計の基本概念を詳しく説明しています。著者の塚田泰三郎氏は後に、この原稿を元に「和時計」という著書を著し、現在でも「工藝第八六号」とこの「和時計」が和時計解説の主要書籍と思われます。
 説明が長くなりましたが、以下に櫓時計の機械部分と柱時計を写真でご紹介します。

 まずは、櫓時計です。一丁テンプの物で時代が古い物です。

正面

文字盤

斜め

後ろ

 内部、歯車その他すべてが人の手によって作られています。

 次は、柱時計です。この時計は機械を被う外板、文字盤がなく、機械のみが現存しました。この現存する機械に外板、文字盤を新製した物が、以下の写真です。

正面

斜め

機械内部。昔の職人の根気と努力の結晶で、まさに機械の美しさを表します。

 次に、和時計を特集した「工藝第八六号」をご紹介します。鈴木繁男の漆繪による表紙、川上澄生の小間繪で、烏山和紙を使用しています。この書物自体も工芸品です(雑誌「工藝」については、別の機会にご紹介する予定です。)。

 最後に、同じく塚田泰三郎の「和時計」をご紹介します。

  以上、和時計をご紹介しましたが、日本人が独自の知恵と努力で作り上げた和時計の存在を忘れてはなりません。そして、優れた工芸品でもあることを。

 また、太陰暦、不定時法は過去のものではありますが、人間の生活サイクルからすると、身体には合っているのかなともこの頃思っています。興味がある方は和時計、太陰暦をより深く追求するのも面白いかと思います(その際、上記二冊の書籍と江戸時代に表された「機工図イ」と言う和時計の解説本が現代に復刻されていますので、参考にされるとよいと思います)。