手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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連載・手仕事レポート

隠岐國風土記

知られざる日本、隠岐(おき)についてのレポートです。

巻29 おせち

2011年1月7日

今年のお正月は京都のおせち料理を頼みました。以前、中華おせちやハワイアンおせちを頼んだものの、美味しくなくて外注おせちってまずいなというトラウマを残すことに...

巻28 味覚のテロワール

2010年11月24日

今世紀最高の料理人と称されるジョエル・ロブションは自伝の中で、「日本人は塩のことを理解しているとはいえない」という注目すべき発言をしている。これは味覚の問題であるとともに、そもそも日本の塩の作り手が...

巻27 隠岐からパリへ

2010年10月13日

ところで、わたしは塩を作っている。しかし、厄介なことに塩の用途は天文学的な数だけあり、用途の全体像を把握することがとても難しい。調理用に限っても、ごく大雑把に和洋中を見ただけでも相当異なる...

巻26 情報産直

2010年9月22日

会社のブログを初めて、そろそろ3年。島の「なう」を深く内外に発信する唯一無二のブログになった。いつも行くガソリンスタンドの奥さんが見てたり、地元の友達も教えてないのに見てたり、先日お茶の席でご一緒した方も見てたり...

巻25 めぐる季節

2010年8月18日

少なくない月日をこの島で過ごしてきた。最初の年を一緒に過ごした友人達は様々な事情でそれぞれの土地へと帰っていき、自分だけが残った。知らない移住者も増え、今では移住者としてそこそこの古巣になってしまった...

巻24 此岸の辺で

2010年6月16日

彼岸志向が強い。ほとんど生まれつきと言っていいほどに。そんな自分が「地産地消」という耳慣れない言葉を知ったのは、隠岐に来てからのことだ。最初は「チサンチショウ」という言葉がどんな漢字なのかよくわからなかった...

巻23 みゆき工房のこと

2010年5月19日

パンを食べると、その土地柄がわかる。はじめて隠岐に来て食べたパンはまずすぎて食べれなかった。レトロな書体、古風な味付け、独特の湿気…。いまでこそ方々で味見を頼まれる人(と買い物のときにお店の人に言われた!)になったが...

巻22 夜の造形

2010年4月13日

 夜の造形が存在を露わにする。昼間は色や奥行きが悪く被写体にならないような風景も夜になると形が前面に出て、別物に見える。日中、太陽の呪文で固く縛られた「もの」が、夜には呪文を解かれ、それぞれの存在感で迫ってくる。...

巻21 おひとりさまの離島

2010年3月2日

 島暮らし、いろいろなものがない。スーパーがない。コンビニがない。カフェがない。レストランがない。ケーキ屋がない。パルミジャーノ・レッジャーノがない。白胡椒がない。…食べ物ばかりか...

巻20 言葉という風土

2010年2月1日

 海外に行くと、異邦人になる。言語環境が一変し、自分一人だけよそ者になる。話しかけるどんな言葉にも言葉への信頼があり、聞きとるどんな言葉にも言葉への敬意があるような異国。地方に住むようになった...

巻10 風土を奏でる(前)

2008年11月30日

今月は何かと締め切りが多い。師走前からせかされているようだ。隠岐の教育委員会が発行している『隠岐の文化財』という郷土文化誌にレヴィ=ストロースの隠岐紀行を載せて欲しいということで...

巻11 風土を奏でる(後)

2009年1月5日

初めての合わせの後に、「どうだ、楽しいだろ?」と、ドラムのマコさん。ちびっ子たちにレスリング(「ちびレス」)を教えたりしていて、「おまえも子供ができたら、わしがレスリングおしえっけん」と...

巻12 里帰り

2009年3月7日

古典に疎いので上皇の和歌の精髄を云々することはできませんが、「知らぬは人の行くすえの空」と、人生の悲喜の変化と自然の変化を重ね、「空」という一語が隠喩的な広がりのある言葉として...

巻13 塩一トンの読書

2009年4月10日

須賀敦子さんの著作に「塩一トンの読書」というエッセイがある。「塩を一トンなめてみなかれば、他者のことはわからない」と、イタリア人の義母が時折口にしていたことを回想しながら、本という...

巻14 ポストカード

2009年6月12日

電話をとったときに向こうが話し始めるまでちょっとした間がある時は、初めての電話であることが多い。そして、それは問い合わせだったり、地元の人からの電話だったりする。島の中では...

巻15 シェフに感謝を

2009年7月21日

去年の9月のこと。奥出雲での仕事を終えて、松江の宿に帰ると夜も7時を過ぎ。「信号機がある」本土での運転は少し緊張するので、ちょっと疲れていました。7時か・・・。松江の夜は早く、駅前の...

巻16 土地の音

2009年8月11日

旅に出て買うものはいつも決まっている。それはCD。旅の途中でラジオから良い曲を知って買いに行くのなんて最高だ。そこには旅した風景や空気の振動が詰まっている気がするから...

巻17 風土綴方

2009年9月9日

綴方は学校でばかりやっていられるものでもない。更に綴方の時間にのみ生まれるものでもありはしない。綴り方については先ずその人の生活している一個体としての自覚が緊要であることを思えば...

巻18 生産者

2009年10月14日

「生産者」という言葉は、まるで明治初期の翻訳語のようにどこか手触りが悪く、体になじまない。自然を背景とした「食」と、「生産」という語の機械的な響きがそもそも不釣合いだ。あるいは知的労働に...

巻19 ものづくりのヒント

2009年11月10日

隠岐には日本でも数少ない牛突きが残っている。御配流となった後鳥羽上皇が角を突き合って戯れる牛を見て喜び、慰められたことから隠岐の牛突きが始まったという。現在では島後(隠岐の島町)に残っているだけで...

巻1 今、私は隠岐にいる

2007年3月20日

ある人類学者の著書が「今、私はブラジルにいる」という印象的な出だしで始まっていた気がするが、それにならってこの小文を始めるなら「今、私は隠岐にいる」と言うところだ。かつて...

巻2 海士ノ塩

2007年4月20日

島根半島沖、約60キロの日本海に浮かぶ隠岐諸島、中ノ島。この地は古来より海士(あま)と呼ばれ、平城京や平安京に乾燥鮑などの海産物を貢納してきた漁撈の民・海部(あまべ)の郷として...

巻3 Claude Lévi-Strauss

2007年7月17日

土地の歴史は地層のように潜在化している。歴史的建造物や記念碑は顕在化しているが、その意義も顕在化しているとは限らない。例えば、海士町の玄関口・菱浦港から歩いて5分ほどの所に...

巻4 レヴィ=ストロース隠岐来島30周年に寄せて

2007年12月15日

今年でフランスの構造主義人類学者クロード・レヴィ=ストロース(1908-)の隠岐来島から30周年を迎える。この記念すべき節目の年を迎えるにあたって、当時の様子を知る方々のお話をもとに...

巻5 社のそばで

2008年2月13日

春には雄々しく桜が参道を彩る隠岐神社のすぐ横に、言われないと見落とすような小道がある。辿っていくと、途中使い古されたバスが自然に埋もれそうになりながら佇む。島で時折見かける...

巻6 島の春

2008年5月19日

島の春は強風の中にある。隠岐の島各島を結ぶ小型フェリーの欠航もまれではなく、障子を揺らすような朝には島内放送の欠航案内を寝床の中で予想する。波と島の生活は、密接なもので...

巻7 健やかな手・健やかな道具

2008年7月12日

「塩も砂糖も」という訳ではありませんが、最近は島の素材を活かしたスイーツ作りもコーディネートしています。何もないところから始まった塩作りですが、気が付けばパティシエとのつながりも...

巻8 隠岐海峡を越えて

2008年9月5日

初めて隠岐海峡を渡ったのは、今から約10年前のこと。隠岐から神職免許を取りに来ていた知人の誘いで、初めて隠岐を訪れた。鹿児島県の屋久島を訪れた後、松江まで青春18切符を使って...

巻9 光と影の中で

2008年10月12日

ものの見え方は、光と影の中で随分と変わってくる。そのことを最初に刻んだのは、舞台の上だったのかも知れない。高校時代は演劇部で光を当てたり、光に当たったりしていた...