手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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隠岐國風土記

今、私は隠岐にいる

今、私は隠岐にいる

2007年3月20日
語り手:田中浩司

私が隠岐を好きになれたのは、どこまでも伸びていく文明の圧力から
逃れているという喜びと、本当の自己を知る喜びが感じられたからである
Rafcadio Hearn        

 ある人類学者の著書が「今、私はブラジルにいる」という印象的な出だしで始まっていた気がするが、それにならってこの小文を始めるなら「今、私は隠岐にいる」と言うところだ。かつてラフカディオ・ハーンが訪れ、そしてレヴィ=ストロースが訪れた、この隠岐の地に。神奈川で生まれ育った私もこの島を「見慣れた眼差し」で見るというよりも、「見慣れぬ眼差し」で見ているという意味では彼らのように異人的な存在だ。この小文は島の人々にとってはあまりにも自明な世界を、外からの視線で見つめ、記していくひとつの私家版隠岐國風土記である。
 だが、そもそも隠岐國がどこにあるかご存知だろうか?


2/25@東京・有楽町

 先日、東京の国際フォーラムで俳優の永島敏行さんの主催する青空市場というイベントがあったので、島の産品を集めて行商に出かけました。生産者と消費者が直接出会うパリのマルシェをイメージした企画です。市場というのは中世史の網野善彦=阿部謹也が意気投合したように、そもそも共同体の外で異質な人々が出会う場。何よりも「未知なもの」との出会いこそ、マーケットの醍醐味ではないでしょうか?生産現場から出て、マーケットに出ると毎回何かしらの出会いがある。今回は外国人のお客さんも多くて、まさに市場という感じでした。旅行者か滞在者かはわからないけれど、せっかくなら「もの」を通してTokyoでもKyotoでもない、「知られざる日本」を知ってもらいたいという欲求を抑えることはできません。

  塩羊羹を「美味しい!」と言ってくれたあるアイルランド人の女性に「Okiから来たんだ」と言うと、「Okinawa?いいわねぇ」と返されました。「違うよ、日本海の島なんだ。で、この塩はそこで僕が作ったんだよ」「本当?すごいわ!あなた名前は?」「Kojiだよ」「じゃあ、これはKoji’s Saltね」「そうそう、僕の塩!」「どこから来たの?」「アイルランドよ」「じゃあ、もしかしたら知ってるかな…。昔、アイルランドで育ったラフカディオ・ハーンっていう文人が訪れた島なんだ。彼は僕らの町の静寂さや雰囲気を故郷のように感じて、とても気に入ったんだよ」「ハーン!知ってるわ!」「すんごいキレイなとこだから、遊びに来てよ。きっと気に入るよ」

製塩地:海士町保々見湾

 外国人であろう日本人であろうと、「隠岐の島」を正確に理解している人は多くはないでしょう。そもそも、島根と鳥取の区別も結構あやふやではないでしょうか?隠岐と本土を結ぶ隠岐汽船の港は島根・美保関と鳥取・境港(鬼太郎のまち!)の両県にあり、隠岐は行政的には4町村に分かれ、歴史的には「隠岐島前」の三島と「隠岐島後」に分かれています。「いえいえ、隠岐の島ですが、島後じゃないので飛行機はありません。ここは島前の海士(あま)町、中ノ島です。鳥取の境港からフェリーに乗って約3時間で、途中、西ノ島町で内航船に乗り換えてください」と道筋を教えるだけで大抵の人は混乱する。しかも、
平成の大合併により島後が「隠岐の島町」になったことにより、更にわかりにくさに拍車がかかった。
隠岐は読めても「海士」を「あま」と読める人はほとんどいないでしょう。(佐渡の手仕事フォーラムに参加した時、偶然にも「海士町」(あままち)という同じ漢字の町があって驚きました。)かくいう神奈川から引っ越すまで「かいじ」だと思っていました。引っ越してきたのは「のんびり田舎暮らしがしたい!」という団塊世代のオジさんのような牧歌的希望があった訳でもなんでもなく、「ふと、塩を作ってみよう」と思ったから。そうそう、この前、農水省の人と話していて「やはり」と思ったのですが、「田舎に住みたい!」という田舎移住希望者の大半は男性で、奥さんには「何、馬鹿なことを!」と猛反対されるらしい。そうだよなぁ。生活のリアリズムがわかってない人に言われたくないよなぁ。それはともかく、1年目は役場の臨時スタッフとして採用され、海士で塩作りを始めました。この面接は「1日使って島の宝探しをしてください」という冗談としか思えないものでした。しかも、島に着いた翌日の面接では町長以下役場スタッフの前で「海士の宝はこれです」と言わなければならない。この島のことを全然知らないのに「宝」を見つけるだなんて。「無茶だ」と思ったが、その問いとその時の自分の答えは今も続いている。

西ノ島町・摩天崖を歩く隠岐牛

 ところで、久野さんから「隠岐の島便り」のようなものを書いて欲しいと頼まれた時、まず頭に浮かんだのは手仕事フォーラムで紹介すべき工芸品や建築がほとんどないこと。そもそも、フォーラムに参加したのは「スゴイ工芸品」を紹介するためではなく、手仕事の世界を通して生活を楽しみたいと思ったからです。「生活を楽しむ」と言うと、なにか雑事のない優雅な生活を連想されてしまうかも知れませんが、生活の実態というのは極めて「俗」なものにまみれて、とても毎日美に満ちているとは言えません。少なくとも自分の場合はそうです。柳宗悦は「美しく生活する」と書いていますが、これは「生活の実態は汚い」という生活のリアリズムの中でこそ福音として響くように思います。
そういう訳で私が手仕事フォーラムできることは限られているのですが、おそらく民藝思想にも一貫して流れる

Locality is originality. 「ローカリティはオリジナリティである」

という点では、少なからず情報発信ができるのではないかと考えました。ローカリティを「見慣れた眼差し」ではなく、外から来た「見慣れぬ眼差し」で紹介していくこと。図らずも、それは「島の宝探しをして下さい」という島からの問いかけと一致している。


隠岐諸島とは?

島根半島の北、約60キロに位置する大小180の島々のこと。知夫里島(知夫村)、西ノ島(西ノ島町)、そして自分の住む中ノ島(海士町)とその周辺の島々を隠岐島前(どうぜん)と呼び、一番大きな島を隠岐島後(どうご)と呼びます。島前3島間は海上バス「内航船」で行き来できます。