手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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隠岐國風土記

風土を奏でる(前)

風土を奏でる(前)

2008年11月30日
語り手:田中浩司

 今月は何かと締め切りが多い。師走前からせかされているようだ。隠岐の教育委員会が発行している『隠岐の文化財』という郷土文化誌にレヴィ=ストロースの隠岐紀行を載せて欲しいということで、しばらくぶりにまたレヴィ=ストロースについて書くことになった。私のように隠岐出身者ではない者にとって、地域の歴史や背景は仕事(塩作りといういささか形而上的意味を欠いた仕事でも)をする上でも重要で、そうしたものを含意させたり、暗示させるようなもの作りをしていくというのが基軸でもある。具体的に隠岐の郷土史に書き加えられることで、小さな歴史の実を結んだことになるだろう。
 そして、もうひとつの締め切りは、ピアノの上に山積みになった楽譜。これを消化しないと、新年が迎えられないんだから、なんともせつない(しんどいの意味)。こちらについては、手仕事フォーラムの場で書くべきか半年くらい迷ったけれども、地域の人が喜んだことでもあるし、なかなか見えにくいところでもあるので、これもまた生活のひとつの背景、風土として書いておきたい。これまで歴史や環境のことを書いてきたけれども、風土とはそうした時間・空間の中での生活でもあり、その生活を営む土地の人々をも含む全体性のことだから、私がどのような人間界の中で、隠岐の風土を語り、もの作りをしているのか、その一端を垣間見てもらえるのではないかと思う。わかりやすく、かつ、あやまりやすい表現で言えば、「Iターンと地元民」のかかわりということになる。「Iターン」というのは外部呼称であって、自称ではないし、そうしたラベリングがそもそも疎隔を生みやすいものであるので、思考として括弧に入れておきたくなる。こうした機微を想像するのは簡単でも、「地に住む」という長時間の体験がないと身についた機微とはならないが。

「ベンチャーズにキーボードなんてないでしょ?」
「それがあるんだわ。キーボードがないと音に厚みが出んけん」
「…あ、厚みって(プロじゃないんだから)。とにかく、夏は忙しいんだって」
「じゃ、今度の土曜日な。これ、楽譜ね。よろしく頼むわ」

夏前のことだ。菱浦港には産直市と漁協の経営する魚売り場があり、仕事上、週に何回か納品に行く。特に夏場はその回数も多い。顔をつきあわせる打ちに、いつしか話すようになった漁協の島根さん(ギター)が、こんな風に夏のビアガーデンでベンチャーをカバーしようという話を持ちかけてきた。仕事が終わった後に、ボランティアで夏の島を盛り上げるために、毎年ビアガーデンを行っている。都会ではビールを飲むところなんていくらでもあるけれど、島では自分たちでつくるしかない(おかげで、たこ焼きもポテトフライも作れるようになった)。NPO海士人では出張ビアガーデンと銘打って、飲食店がない地区でビアガーデンも行っている(後日、それは僕らのステージとなるのだが)。この忙しいのにバンド、しかも、キーボード?ギター弾きにはわからないだろうが、キーボードとピアノは、根本的に似て非なるものだ。ましてや、ベンチャーズって、正直、ジャンルが違うんだよな…。

 島ではこんな風に、ふとしたきっかけでコミュニケーションが進むときがある。大体、顔を見たことあるとか、車を知っているとか予備知識があり、ふとしたきっかけで話す仲になっていく。島では車と顔はほとんど同じくらいの意味があって、「田中さんっていったら、湘南ナンバーの水色のマーチでしょ。見たことありますよ」とは、森林組合で働くマー君(ベース)。車で挨拶するのは島の常識で、瞬時に乗っている相手を判断し、頭を下げたり、手を挙げたりする。問題は同じ型の車が多いので、ナンバーや地名で識別する必要もあることだ。友達はミニカに乗っているが、ミニカなんてそこらじゅうに走っているので、ちゃんとナンバープレートを確認しないで挨拶してしまって、恥ずかしい思いをすることもある。逆に間違って挨拶してしまい、なんとなく(車で)挨拶する仲になった自転車で魚を行商するつむぎ屋さんのような人もいる。でも、魚を買ったことも、話したことも、ない。
 一言で言うと面倒くさがりなので、観客相手にピアノを弾くことはあまりしないし、自分から進んで弾こうとも思わない。地元にいるときもコンサート的なことをするのは面倒くさかったし、それは隠岐でも同じこと。けれども、ちょっと今回はうまく断れずに、ベンチャーズならぬケンチャーズ(リードギターの健作さんにちなむ)に巻き込まれてしまったのだ。ちょっと気になったのは、この話が芦原すなおの『青春デンデケデケデケ』に似ていたことだ。四国の高校生がベンチャーズをきっかけにバンドを始める小説で、田舎でバンドする様子がおもしろ可笑しく、時に切なく描かれた好きな小説のひとつだ。あとで聞いた話では、建設現場で働く健作さんがギターをはじめたのはやっぱりベンチャーズからだと言う。リアルに『デンデケデケデケ』だ。驚くべきことに、 急遽作ったオリジナルTシャツには「テケテケはどげですかいね」という隠岐弁のセリフまでプリントされていたんだから、頭の中で「実写版、実写版」とつぶやかざるを得ない。
 辻仁成だったか、誰だったかが、「ロックはストリートから始まる」というようなロッカーの言葉を引用して、自分の町にストリートはなかったが、あぜ道はあった。「ロックはあぜ道からも始まる」と、音楽遍歴を書いていたことがとても印象に残っている。まぁ、地方ではそういうこともあるか、と思っていたのに、自分も似たようなことを経験するなんて。