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隠岐國風土記

ポストカード

ポストカード

2009年6月12日
語り手:田中浩司

 電話をとったときに向こうが話し始めるまでちょっとした間がある時は、初めての電話であることが多い。そして、それは問い合わせだったり、地元の人からの電話だったりする。島の中ではいわゆる電話対応があまりないので、そこに不慣れな「間」ができるのだろう。年末、そんな会話までの「間」がある一本の電話が 仕事場にかかってきた。直感的に地元の人からの電話だと思ったら案の定、島のレトロな喫茶風スナック・ルーマのママからだった。昼間はタクシーの運転手をしていて、つい先ほどもすれ違ったばかり。前にも書いたように車ですれ違っても表情で何か伝わることがある。すれ違ったときになんとなく用事がありそうな顔をしてい たのを思い出して、やっぱり、と思った。それにしても、何の用事だろう?時々連れられて行くだけのお店なので、あまり接点もないし。

 「あの、無理ならいいんですけど、年賀状を作ってもらえないでしょうか?」とママ。そういえば、こないだポストカードにして欲しい場所のリクエストを聞いた気がする。比較的筆まめな方なので、手紙を書くのに島の風景が入ったポストカードが欲しくて、島にきた当初はフェリーに乗ったときに売店で買っていた。というのも、島ではポストカードが手に入らなかったからだ。ただ、いままでのポストカードの写 真は(ぱっとしない)観光地ばかり。「これはちょっと違う」と思いながら、ちょうど仕事のために買ったデジカメで写真を撮るようになった。島の日常風景に時折見え隠れする蛍のような小さな光を探して、いつしか写真は積み重なり、その淡い光に共感してくれる人も増えた。地元新聞でもその様子が紹介されたこともあって 、忘れた頃に注文が来る(港の売店で販売している)。何百枚売ってもコーヒー代くらいにしかならないけれども、島の風景が広まるならそれでもいいと思っている。

 「いいですよ、簡単ですから。後で持っていきますね」と言って、電話を切った。小さな町では小さなことがそこそこ大きなことになる。一枚の写真は年賀状にもなり、ポスターにもなる。「これ、田中君のでしょ?」と写真を見た人に言われることもしばしば。行きつけの別の喫茶店にもポストカードが飾ってあって、地元 民に「これが海士?」というちょっとした驚きをもたらしているようだ。ただ、自分の写真が良いというよりも、むしろお決まりの場所以外の写真が極端に少なかったという方が正確だと思う。「ところで、愛用しているポストカードに書いているthe Oki District って、なんのことかしら?」と、地元の方からお手紙を頂いた。直訳で隠岐郡の意味でもあるし、世界で最も美しいと言われるイギリスの湖水地方the Lake Districtをふまえたものでもある。湖水地方にはおよばないかもしれないが、湖水地方と隠岐はどこか似たところがある。ピーターラビットは生まれないかもしれないが、牛馬をモデルにした絵本が生まれないとも限らない。

ポストカードには湖水地方のように隠岐地方の日常風景が愛されてほしいというとささやかな願いが込められている。