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隠岐國風土記

風土綴方

風土綴方

2009年9月9日
語り手:田中浩司

綴方は学校でばかりやっていられるものでもない。更に綴方の時間にのみ生まれるものでもありはしない。綴り方については先ずその人の生活している一個体としての自覚が緊要であることを思えば、修身も歴史も地理も理科もすべては所詮綴方へまでの道程にすぎぬと私は考えたのである。

                                          小砂丘忠義

先日、上司がブログを始めた。その衝撃の強さから「まさか」「あり得ない」「信じられない」といった驚きの反応が相次いだ。依頼した本人である自分ですら驚いたのだから、上司を知る人の衝撃たるやすさまじいものだったに違いない。
 それもそのはず、この島からの情報発信はほとんど私のような移住者が行っているからだ。地域のキーマン自体は情報の自己発信をほとんど行っていない。厳密に言うと、皆無だ。ものづくりを通して「島の風土を語る」と皆一様に口を揃えて言いながらも、現実的には地域住民が地域の自己表現することはなかった。

 なぜか?まず、書くことへの不慣れがある。口語表現が巧みでも、書けない人はいくらでもいる。地方においては書くことが暗黙裡に「標準語で書く」ことを強いていることも忘れるべきではない。また、高等教育の有無も書ける・書けないの分岐点となる。この島では高卒が普通であり、大卒は特別である。島では書くことは、ひとつの特殊技術なのだ。
 書くべきテーマが見つけられない場合も多い。島で生まれ育った地域住民にはすべてが当たり前すぎてその価値を発見することが難しいからだ。このことは地元民自身から何度もそう言われてきた。「わしらにはなんも良いところがわからんだけん。よそのものしか島の良さはわからんだわい」、と。
 さらに人口2400人の島という閉鎖社会では、「目立つこと」を極力避けようとして、自己表現に規制がかかる。この島は社会学で言う「共同体」、すなわち全人格的コミュニケーションを前提とした強制加入の社会である。こうした社会では「噂」が強力な社会安定化機能を持ち、特化したものを押さえつける。したがって、自己表現はほとんどタブーに近い。
 こんな話があった。小学校時代の思い出話を聞いているときに、ある突出した歌唱力を持つ生徒に「ソロ」を唄わせた音楽教師がいて、あれには驚いた、と。つまり、「みんな一緒」ではなく、「特別は特別」として扱ったことがそれまでにはない経験だったという話だ。この島では同調圧力に負けない強い意志がない限り突き出ることが難しい。
  かくして、地域住民による地域の自己表現は困難である。しかし、だ。「自立」を旗印にする町がそれでよいものか?産業振興によって経済的自立を図ろうとする町が同時に表現において自立しないでよいものか?このままでは離島=非文字の本土=文字への従属はいつまでも変わらないのではないか?もちろん、かくいう私自身が本土側の人間であり、文字を持った人間であるが故に、この言明は「自立せよという言明によって他者を自立させることはできない」ということと同じで、自己矛盾を抱えてはいるのだが。

 これまでは目に映るものがどれもが新鮮に映る移住者や来島者の評価が重んじられてきた。これは離島だけではなく、「外来者の客観性」として一般的に見られる社会学的人類学的民俗学的傾向だが、人の移動が限定される離島ではより外来者の持つ客観性への評価が強くなる。地域住民の評価には意味がないという卑屈さがそこには隠れている。島尾敏雄をして、「孤島苦」と言わしめたようなものが卑屈さが。島を代表する人物として後鳥羽上皇や小泉八雲だけが重宝に今日まで語り継がれる事実に少し傷つくのは果たして私だけなのだろうか。
 地域住民が何かを発見するためには、生まれ育った風土を反省的なまなざしで見つめ返さなければならない。書くということは、何かについて書くのであるから、その書かれる対象の意識化が必要となる。こうして、地域を書くという課題によって、地域の意識化は進行していく。
 その意味で、地域住民による地域の自己表現を行うブログは、戦前から続く生活綴方運動につらなるものである。サブタイトルには「島暮らしと仕事のブログ」と入れた。生活の場である島を書くことによって、より一層地域を意識し、その風土を伝えることができる。ものづくりは島暮らしのほんの一端に過ぎない。「あの〜、ブログなんですけど、成人式とか地域ネタでもいいですか?」と最年少社員。夏の成人式が都会では珍しいことを彼が知っているかどうかは別として、夏の成人式と島の外に出ていった友人達との再会も十分に島らしいエピソードに違いない。
 ところで、上司が「ブログに参加します」とご挨拶を書いた後に投稿した記事は、自家栽培のタバコのことだった。まったく仕事とは関係がなかったが、これまで誰か島でタバコが栽培されていることや、その栽培の気象条件を「書いた」ことがあっただろうか、と振り返った。知る限りなかった。ほんの少しだけ、島が変わった気がした。