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隠岐國風土記

夜の造形

夜の造形

2010年4月13日
語り手:田中浩司

 夜の造形が存在を露わにする。昼間は色や奥行きが悪く被写体にならないような風景も夜になると形が前面に出て、別物に見える。日中、太陽の呪文で固く縛られた「もの」が、夜には呪文を解かれ、それぞれの存在感で迫ってくる。
ロカンタンのように嘔吐こそしないものの、ただそれが「あること」の眩惑と対峙する存在の時刻。それが夜だ。ロカンタンが狂気にも似た興奮を覚えたのもやはり夜のことではなかったか?そして、その対象は何の変哲もないはずの木の根元だった。それは「あった」のだ。また、レビィナスが「イリヤ(〜がある)」を思いついたのも、やはり夜、「イリヤの夜」なのであった。

 ある日、写真を撮るために車を降りると、海から凍てつく風が吹いていた。日中は放牧中の牛が見えるが、気に留めるほどのことはない。これまで被写体にはならなかった枯れた木々。そして、大きな雨雲の動きにしばし見入った。

 小さい頃から速度が好きだった。移動する必要がなくても、移動したい。速度という視点で、夜を走る。インクを擦ったように木々が後方へと飛び散っていく。 

 普通なら邪魔な枝も、夜にはドライポイントになる。太陽が遠ざかり、宇宙の闇が海に訪れている。

 

無機質な未来への交通を感じる不要な大橋。橋下を小さな漁船が行き来する。街路灯はあるのに灯りが点いているのを見たことがない。利用者がいないからだろう。橋というより、漁船を迎えるためのアーチに思えてくる。橋はつながっているが、闇が深くて向こう側が見えない。果たして「向こう側」が本当に存在するのかどうかもわからない。橋の向こうに日常の裂け目を見る。

 家に着き、車を止めると、驚いたことに家の真横の木々が迫ってきた。枝や蔦が不気味に風に揺れる。

帰宅。暗い家に灯りを点し、闇に抗って住まう。