手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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隠岐國風土記

みゆき工房のこと

みゆき工房のこと

2010年5月19日
語り手:田中浩司

 パンを食べると、その土地柄がわかる。はじめて隠岐に来て食べたパンはまずすぎて食べれなかった。レトロな書体、古風な味付け、独特の湿気…。いまでこそ方々で味見を頼まれる人(と買い物のときにお店の人に言われた!)になったが、移住した当時はごく普通にジャンクフードをパクパク。それでもこのパンのまずさには耐えられなかった。古い駄菓子屋の床にずっと置いてあるような小麦粉のシーラカンス。遠くに来た…と思った。水なくしては飲み込めない、生地の未発酵感が残る小麦粉のかたまり。こらえきれず、松江に行くたびにパン屋に駆け込んだ。当時、まともなパンは60キロ先の本土にしかなかったのだ。愛おしい焦げ茶色のつやと、ふっくら感。焼きたてのパンの香り。フランスの香り。パンの香り、それは異国の香りだ。

 それからしばらくして、広島でパンの修業をしたという田中みゆきさんが島に帰ってきた。自宅を改造してパン屋「みゆき工房・空」を起業。今ではすっかりおなじみになった愛猫・空(くう)のイラストの入ったお菓子やパンを作り出した。これだけでもすでに偉業というにふさわしい。というのも、島の産業は公共事業頼みの建設業や町出資の新規産業などがほとんど。公的支援があっての起業・運営なのに対して、個人で過疎が進む離島でパン屋を起業するなど、誰も想像しなかったに違いない。もっと人口が多かったときにはそうした起業もあったが、今、この状況で起業するのとは全然訳が違う。
さて、そのお仕事は?というと、みゆきさんのパンはいわゆるパン屋の品揃えではなく、島の素材を活かしたパンになっているのが特長。味はナチュラルでやさしい感じ。本格的に島の商店で販売が始まると、ようやくここでもまともなパンが食べれる!と歓喜した。以来、パンは昼食に、お菓子はスナックにしている。数ある商品の中でも素材の甘さが美味しいさつまいもパンは格別で、僕のリクエストに答えてスイートポテトも作ってくれた。絶品のとろける塩キャラメルに塩ラスクなどなど、とにかくクリエイティブな人で次々にアイデアが出てきて、それをあっという間に形にしてしまうから凄い。

人気の塩ラスクと塩キャラメル

パンに使う塩も海士乃塩で統一し、部分的には秘密の畑で自家栽培の小麦粉も使っている。秘密というのは、同じ地区に住んでいてもわからないような山のどこかで作られていて、栽培するお父さんとみゆきさんくらいしか場所を知らないから。工房も非公開で山の方から運ばれてくることしか知らない。グリム童話の世界みたいだ。
と、ここまでは、島ローカルな話。しかし、みゆきさんの場合、更に話は続く。今では松江や銀座でも焼き菓子を販売するなど、島外での仕事も増えてきている。これはもの凄いことなのだ。自給自足的といわれる島の経済は、裏返して言えば商業不毛の地であることも意味する。ものを作ることまではなんとかできる。しかし、その先がないという事例をこれまでいくつも見てきた。というのも、極めて商業意識が希薄で、誰かが売ってくれるだろうという組織依存体質が温存されているからである。古色蒼然たる組織にそんな能力も活力も、そして気力もあるはずもない。あるのは現状維持。現状改革を必須とする資本主義の最大の障壁、伝統主義(過去を範例に惰性的に動くこと)が跳梁跋扈している。農業経済学者・東畑精一博士は、ここに日本農業の問題点を見ていた。市場は共同体と共同体の境界に発生するが、島の場合、海に囲まれているため境界自体が広すぎて、積極的な意味を持たない。またアクセスも難しい。したがって、市場も発生しないのだ。みゆき工房の場合、どこまでが本人の意図したことはわからないが、とにかく個人で島の素材を活かしたもの作りをして、島外も含む販売網を持っているのはこの人しかいない。
島に根ざしながら、ひょいひょいと本土へもでかけていくフットワークの軽さ。そして、いろいろな情報を自分で探し出してく。島のもの作りのドン、役場の産業担当の奥田さんもこう言う。「島のものを売ろうと思ったら、外のことを知らんとできへん。外にものを売ろうと思ったら、島のことを知らんとできへん」。
島に市場がないなら、自分が動いて市場を作るまでのこと。島にこうした機運が生まれて約10数年。みゆき工房からは島内だけでもない、島外だけでもない、新しい香りが流れてくる。