手仕事フォーラム〜手仕事の品をとり入れた生活の素晴らしさを

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隠岐國風土記

めぐる季節

めぐる季節

2010年8月18日
語り手:田中浩司

 少なくない月日をこの島で過ごしてきた。最初の年を一緒に過ごした友人達は様々な事情でそれぞれの土地へと帰っていき、自分だけが残った。知らない移住者も増え、今では移住者としてそこそこの古巣になってしまった。今月大阪から新入社員を迎えることになり、改めてその思いを強くしている。面接から移住まで自分が辿ったプロセスを責任者として追体験しながら、季節のめぐりを感じる。

ここは来るだけでも大変なところだ。だから、具体的に面接の旅程を考える段階で、費用と時間を計算してキャンセルをする人も少なくない。ただでさえ交通の便が悪い山陰の、しかも離島。引っ越すにも多額の費用がかかる。単身ならともかく、家族と一緒となると相当の決意がないと応募さえしない。

引っ越しの前には免許を取って、車を買ってというプロセスを今度の新入社員も繰り返している。「免許必須」という条件があったので、自分も合宿で免許を取ってすぐ神奈川から母と運転してきた。「大阪からの運転が不安で…中国道に入れば安心なんですけど」と、新入社員のYさん。大阪の交通マナーは初心者には酷だ(と大阪人自身が言う)。港に着いたら、今度はフェリーに車を載せなくてはいけいない。運転は別段変わったことはないが、車止めでガシッとタイヤが止められると、海を渡る特殊な移住にも実感が湧いてくる。やがてゆっくりと遠ざかっていく「本土」。たった60キロの距離がどんな重みを持つか、今ではよくわかっている。

移住の「住」。住居ひとつとっても、ここには不動産屋がないので役場や人からの紹介で物件を探すほかない。自分の場合、新生活をはじめるにあたって知っておくべき情報はいつも事後で、役場の不手際が目立った。新築の移住者向け住宅に入居すると、家の周りには夥しい数の太い釘が散乱しており、まもなくほとんどの入居者の車がパンクした。原因は拾いきれなかった釘だ。少し拾っても拾いきれないくらいの釘。釘拾いをしたら、豆腐一丁分の空箱がいっぱいになったほどだ。それを役場の担当者に見せてもまるで動じない。立て付けの悪い障子の修理を頼むと、削りかすを放置して帰っていく大工。杜撰な仕事ぶりに皆絶句した。

最近こんなこともあった。文房具屋に行き定規を求めると、使い古しの汚れた定規を差し出し代金を請求されたので、頭に来て突き返してきた。ただ、表情から突き返された意味がわかっていないようだったが。

しばらくはいろんなことがあっても大人しくしていたが、今でははっきりクレームをつけている。時には厳しく怒らなくてはいけない。これは都会者が田舎者を馬鹿するというような低次元のことではなくて、そうした次元を通り越したところでの話だ。あたりまえのことをあたりまえに主張しないと、この島は永遠に変わらない。「郷に入っては」式に「島には島の価値観があり、それに従うべき」という態度は一見正しそうに見えるが、実は単なる迎合主義にすぎない。やがて精神的に参るだろう。「島の人間は井の中の蛙だから、違うと思ったら違うと言って欲しい」と島の経験豊かな人達ほど口を揃えて言う。最初は言葉の額面通りには受け取らなかったが、確かに言うとおりだ。都市のように人口移動が乏しい土地柄、井の中の蛙と化すのだが、それに更に輪をかけて年齢階梯意識が強い島では、年下が年上にものを申さない「空気」が漂う。こうした島の停滞感を打破する役割を「よそ者」にだけ押しつけ、自助努力を怠る島の傲慢さを私は一面で嫌悪しているのだが。

ところで、今回の採用にあたっては、移住経験から出来る限りのことをそのマイナス面も含めて説明して、島での生活をリアルにイメージして納得の上で移住してもらうようにした。それでも予想外のことはたくさん起こるだろうが、高い物価や不便さ具合なども包み隠さず説明させてもらった。物件を探すだけでも半日は島の中を走り回って、本来の仕事外のことにも時間を遣った。こういう時は仕事以外での人脈が役に立つ。

6年前、引っ越した翌日には仕事がはじまった。立ち上げからの仕事。すべてが未熟で未完成だった。