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隠岐國風土記

味覚のテロワール

味覚のテロワール

2010年11月24日
語り手:田中浩司

今世紀最高の料理人と称されるジョエル・ロブションは自伝の中で、「日本人は塩のことを理解しているとはいえない」という注目すべき発言をしている。これは味覚の問題であるとともに、そもそも日本の塩の作り手が塩自体を理解できていないという問題にも通じる一大問題である。

先週、フランス料理研究家上野万梨子先生のコーディネートで海士乃塩を使った塩クッキーがパリの老舗高級デパート「Le Bon Marche」でお披露目となり、塩クッキーを作ってくださった料理研究家重野佐和子先生と共にドキドキして当日を迎えた。「日本人は塩を理解していない」と発言するフランス人料理人の本拠地で果たしてどんな評価が得られたのだろうか。

パリデビューの11月18日の夕日。隠岐海峡に太陽が沈み、パリへと昇る。

 

もうひとり日仏の塩味の違いについて、注目すべき発言をしている先達がいる。フランス料理研究家で料理の東大「辻調」の校長、辻静雄である。「彼以前は西洋料理だった。彼がほんもののフランス料理をもたらした」と、伝記小説『美味礼賛』のあらすじにはある。辻が本物のフランス料理を求めて旅立ったフランスで辻はこう感じていた。

 

フランス人は強い塩味が好みらしく、パリのマキシムでムール貝のポタージュを食べたときなどは、あまりにも塩辛くて喉が痛くなったほどだった。このため辻静雄はこのあと何年にもわたって、フランス料理からその味をそこなわずに塩気を抜くことにもっとも苦心することになるのである。醤油という非常に塩辛い調味料を日常的に使っていながら、どうして塩の塩辛さには日本人の舌は耐えられないのか彼にはよく分からなかった。しかし彼は直感的に、その塩辛さを抜かないかぎり日本ではどんなにおいしくつくっても料理としてけっして売れないだろうと思ったのだった(海老原泰久『美味礼賛』)。

 

これは日仏の食文化の根本的な違いを示す印象的な部分であり、自著『舌の世界史』でも「フランス人の塩味と、われわれの塩っぽいと言う味との間に差がある」と述べている。      

 

フランスへのハードルがますます高く感じられるわけだが、急いで付け加えなければならないこともある。それは辻が渡仏した1960年代にフランスで使われていた塩はおそらく精製塩のような塩の純度が高く、まろやかさや深み、甘みなどが感じられない塩ではなかったかということだ。現在でもフランス人一般がさほど塩に注意を払っているわけではない。上野先生から聞いた象徴的なエピソードは、先生の留学先のコルドンブルーでも1970年代当時は精製しか使われておらず、ゲランドの塩田も荒廃しきっていたという。それがようやく復興してくるのは1980年代のことで、日本の自然塩運動ともほぼ平行している。

 
ロブションが初来日したときに日本で手に入ったのは精製塩だけで、ロブションはこれでは料理ができないと言ったという。冒頭のロブションの断言がこのエピソードによるものなのかどうかは詳しくはわからないが、味覚を支えるテロワールを抜きには美味しさは考えられないかもしれない。

 

その上で、土地を越えてトランスナショナルな食材として使われるものもあれば、そうでないものもある。自分の手がけた塩がパリでどのように評価されたか心配しつつ、パリからの便りを待っている。