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隠岐國風土記

Claude Le´vi-Strauss

Claude Le´vi-Strauss

2007年7月17日
語り手:田中浩司

 土地の歴史は地層のように潜在化している。歴史的建造物や記念碑は顕在化しているが、その意義も顕在化しているとは限らない。例えば、海士町の玄関口・菱浦港から歩いて5分ほどの所に小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がかつて滞留した宿があった。今はその付近に来島100周年記念のモニュメントがある。行事に参加したアイルランド大使からの手紙が刻まれた碑は、かつて八雲がその静けさを称えた鏡ヶ浦(port of mirror)と名付けた湾を見つめている。八雲がかつて住んだ松江ほどではないが、それでも気づくと時折八雲の顔を見かけることがある。八雲を知るきっかけとしてキャラクター化、看板化されることも悪くはないだろうが、文学者の真価がニーチェ・スタイルの横顔に還元されるものではないだろう。

小泉八雲来島記念碑

 むしろ、見えない所にこそ文化が宿る。ある社会学者がこう書いていた。学生時代のある日、喫茶店に入るとラテン語の本を読んでいる客がいた。そして、彼女はその事実に激しく嫉妬する。ラテン語、いまや何の実用性のない失われた言語。それをあえて読む、恐ろしく非実用的なものに対する知的好奇心に彼女は嫉妬したのだ。誰も顧みない者を顧みる。見えないものを見る、という文化。柳宗悦たちの日常に埋もれた美の発見もそのひとつだったと、私は思う。
  未来志向の資本主義に被投された人間として、過去に目を向けるのは精神的均衡を保つのにちょうど良いことのように思える。アリエスではないが、「日曜歴史家」という言葉は「日曜園芸」にも似て、どこか日向を思わせる温かさがある。ここで言う過去とは、わずか30年前のことではある。だが、この話は当時も今もほとんど知られていない歴史のひとつだ。地層化し、いまや雑草の茂みの下に隠れ、人はそれと知らずにその上を歩く。そのような話のひとつである。

 その話とはこの一文に尽きる。「30年前、レヴィ=ストロースがこの地を訪れた」という一文に。『失われた時を求めて』を要約すると、「主人公が作家になること」という物語文に帰結するように、要約はその重みを取り去ってしまう。いずれにせよ、この滞在は埋もれた歴史と言うに値する。それと知らずに見ていた風景は一変し、濃密さを増しはじめる。「あの」レヴィ=ストロースがここを歩いたのだ。1977年、晩秋。レヴィ=ストロースは国際交流基金の招聘を受けて、初来日。東京などでの講演の後、北陸、京都を経て隠岐3島(隠岐島後・西ノ島・中ノ島)を訪問した。

レヴィ=ストロース(※)

 クロード・レヴィ=ストロースはベルギー生まれのフランスの人類学者であり、構造主義人類学の旗手として世界的にあまりにも高名な学者である。親族理論のマイルストーン『親族の基本構造』から『構造人類学』『野生の思考』を経て、大著『神話論理』まで古典的評価が高い著作を残し、今なお現代思想に大きな影響を与えている。いささか風変わりな民族誌『悲しき熱帯』も忘れてはならない。

『野生の思考』

 学生時代レヴィ=ストロースを耽読したことはないが、それでも『悲しき熱帯』や『野生の思考』はタイトル自体文学的であり、それなりに紐解いたものだ。しかし、まさかその著者がこの地=隠岐を訪れ、そして愛したとは…。偶然の驚き。構造主義の手法のように結びつかないものの結びつきが、深く長い衝撃を与えてくれる。神奈川から引っ越す前からレヴィ=ストロースがあちら=隠岐に滞在したことはレヴィ=ストロースの講演や研究書から知っていた。だが、当時はあくまで、あちら=隠岐の話であって、こちら=自分の住む場所の話ではなかった。それがいまや一転して、あちらはこちらになり、こちらはあちらになった。ここ=自分の住む場所の話となれば、その重みはまったく違う。それはあたかもオーストラリアの先住民のチュリンガのように立ち現れる。

「チュリンガ」『野生の思考』より

 『野生の思考』の最終章はサルトル批判に割かれていることもあり、レヴィ=ストロースは実存主義に引導を渡した人物としても記憶されている。サルトルの依拠する歴史とは、出来事の独自性を捨象した進歩論的な歴史であり、西洋近代の特殊な歴史意識であるのに対し、レヴィ=ストロースはチュリンガのように「かつて、こうであった」という出来事の独自性を保持する「純粋歴史」を挙げて、対抗している。チュリンガは「ただ祖先がいた」という出来事を伝え、そのことを理解する者がその出来事の独自性、偶然性を感じることができる。レヴィ=ストロースが挙げる例に習えば、「ヨハン=セバスチャン・バッハの3小節を聞いただけで心をときめかさずにはいられぬ人」にとって、バッハのサインは意味をなさない。だが、逆にその出来事に心ときめかす人にとっては、それは掛け替えのない過去が現在に現れる感動的な経験でもある。「かつて、この名を書いた人が確かにいた」という過去を生き生きと示す過去の痕跡となる。
 「レヴィ=ストロースの隠岐滞在」という過去は「かつて、こうであった」という出来事を伝えるチュリンガのように、昔レヴィ=ストロースを紐解き、また今も紐解きはじめた者にとっては「心ときめかさずにはいられない」歴史である。

隠岐の島を歩くレヴィ=ストロース(※)

※写真出典
 吉田禎吾他『レヴィ=ストロース』1991,清水書院