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隠岐國風土記

健やかな手・健やかな道具

健やかな手・健やかな道具

2008年7月12日
語り手:田中浩司

「塩も砂糖も」という訳ではありませんが、最近は島の素材を活かしたスイーツ作りもコーディネートしています。何もないところから始まった塩作りですが、気が付けばパティシエとのつながりも少なくありません。先日は、島根の素材を使いながら松江で活躍する若きパティシエが日帰りで来島して下さり、スイーツ作りに活気を与えてくれました。パティシエが目をつけたのは、青大豆きなこ。味噌もきなこも豆腐も作る土地柄、大豆や小豆などの豆類は隠れた逸品でもあります。

 生産現場で生産者と会うことからはじめるこのパティシエと一緒にはじめて伺ったのが島の餅屋・中新屋。「屋」とありますが、これは島で頻繁に使われる屋号で、苗字は波多さん。中新屋は海士町の北側の「東」地区に位置し、東の郵便局とヤギのいるスポットを越えたところにあります。

 一見、中新屋は普通の民家のようですが、中に入ると立派な製粉機が置かれ、出荷前の「まきのこ」や「団子の粉」が山積みされていました。パティシエがきなこに関心をもたれていたことから、「今日はきなこについてお聞きしたいのですが」と、投げかけると、「特別なことはなんだりありゃせん。ただ、隠岐の風土。ここで潮風を浴びて、豆が育つ。それが良いんだろうな」
 もの作りのありのままを語る。率直に風土の良さを語ることは、良いもの作りを続けてきた経験と、そのものの味に自信があるから言い得る言葉です。青大豆が作られているのは中新屋の目の前の畑。きなこは、おっつぁんの手炒り。原産地と加工地が目と鼻の先の距離にあります。

 大豆を炒る道具にも、おっつぁんの手にも年季が入っています。中新屋の手から伝わってくるは、岡本太郎の「痛ましき腕」のような働く手の存在感。中新屋は海も山もこなす典型的な海士人。海士で「山」と言うと、「しゃん山」(家庭菜園)のことも意味するのも、海だけでなく山も働く場所であることを示しています。

 中新屋のきなこは香りが良いと評判で、西ノ島や隠岐の島町からも買いに来るお客さんもいる。どこに作るコツがあるのだろうか。「炒りすぎてもいけんし、炒らないと風味が出てこない」要は炒る加減だ。この加減具合の中に、作るものだけが知るコツがあるのだろう。
 きなこを炒る鍋は床から20-30cmの低いところにあり、背を丸めるようにしないと炒れない。おっつぁんは椅子に座って、手の形に変形し、使い慣れた道具で鍋の大豆を炒る。「これは曾ばあさんの代から使ってる」それが本当だとすると、中新屋のきなこ作りは明治か…江戸時代にまで遡る。
 中新屋のきなこ道具には、健やかな働きが刻まれ、独特の重みがある。